玉響記=たまゆらのき=

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カテゴリ:雑記( 135 )

十六夜に想う

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十五夜の後、月が出るのをためらって(いざよう)十五夜よりしばらく遅れて昇ると言われるが 6時過ぎ 少し遅くなったと思いながら夕飯の用意をしていると綺麗だと外に居た夫が呼ぶ。
赤く大きな月が東の空に出ていた。 (横の線は電線

世の中、頑張っている人は大勢いらっしゃるが 私のごく身近な人たちを紹介したいと思う。
まず、
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先日、友達のお母さんのお葬式に行ったことは掲載したが その時、古墳の事を書いた。
当日はホンの一部分見ただけだったが こんな姿を見られる場所があるらしい。墳丘図を見ると この左側(西)に友達の家がある。謎めいたものが霧が晴れてきたような気がする。
この遺跡地図は橿原考古学研究所友史会の皆さんが作成されている。踏査されている方は数人ずつに分かれて調べられているらしい。私が戴いたのは馬見古墳群南群と馬見丘陵南辺遺跡であるが詳しいものが刊行されている。 奈良県から今は大阪方面も踏査されているようだ。

他に「遺跡巡り」 「最新の考古学話題満載の講演会」 「研究員学芸員の先生方との交流」などが催されているようだ。 
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ここ「旬屋 じょう崎」は 娘の友達が旦那さまと頑張って切り盛りしている店である。
阪神淡路大震災で当時勤めていた店などが全壊し 平成7年、神戸から吹田へ移転して 一から頑張って ここまでにした店である。地元の平野農園を中心に北摂の野菜を取り入れ、一品料理と会席の両方を供する。「身体によく幅広い客層に愛される名物を」と考案した和風トマト鍋や、60℃で蒸した帆立をお造りとした“温度”にこだわる現代的な日本料理を追求している。
若い頃のことを知る友達が 立派な女将さんになっていた。
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大きな蛤から始まり 淀川の天然うなぎ料理、能勢牛料理、吹田平野農園の有機野菜、なにわ伝統野菜など地元大阪の地産地消野菜など素材にこだわっている。
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この日は姪夫婦、姉夫婦と我が家の3人と モモもこの場へ連れて行った。
普通、犬はお断りだろう。が、特別?
全く吠えたりしないし あまり食べない子で欲しがりもせず 大人しく眠っている。

さて、3番目に頑張っているのは・・・
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この日、ご馳走してくれたから「頑張っている」というわけではないが 姪の夫である。
今は亡き父親の後を継ぎ税理士事務所を平成3年に開業し よく頑張っている。
この日も朝から岡山まで行き 用事を済ませて この店へ来てくれた。

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そして最後にわが娘、
親ばかだろうけれど 麻布十番に美容室を開業して 間もなく4年になるが やっと何とかやっているという程度になった。数年前までホルモンバランスが悪く長い間悩んでいたが免疫力を上げる為の体質改善を繰り返し克服した。水素酸素ガス吸入を取り入れ身体の内部から美しくなるよう美容一筋に頑張っている。

みんなが より一層 この十六夜の月のように大きく輝いてくれることを願う。

今年の仲秋の名月はスーパームーンといって大きいそうだ。次に大きな満月が見られるのは来年の11月14日だと教えて下さった方があった。今回より大きいそうだ。
また、十六夜の翌日は立待月、その翌日は居待月、そして臥待月(寝待月)、更待月(ふけまちづき)と月の出が次第に遅くなるので月を待つ姿勢が変わる。日本語は この日の月に負けないほど美しい。
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by souu-3 | 2015-09-28 21:55 | 雑記

シルバーウイーク

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土曜日がお休みのところでは この日から5連休。
5月のゴールデンウイークのように必ず毎年あるわけではないが 今年は「敬老の日」と「秋分の日」が2日違いで、その間の日が「国民の祝日」として休日になる。ハッピーマンデー制度のお蔭だ。
が、固定しない敬老の日には何だか落ち着かない感じがする。
私は敬われる老人ではないかもしれないが 一応、敬老の日を祝われる年齢だが 最近は老人が多過ぎるからか 市からも何も特別の事はなさそうだ。
子供も母の日、誕生日、そう何度も祝ってはおられまい。
まぁ 親は何時までも元気で若いと思っているなら それも良いことにしておこう。(^。^)y-.。o○

この連休になったのは6年ぶりだそうだが 次は11年後の2026年だそうだ。
やっぱり珍しい連休なのだ。
しかも 今年は早めに涼しくなり良い気候になった。ハイキングや旅行も良いだろうなぁ。

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d0330311_19274423.jpg何処へも 行く予定のない私
先日から 庭の草引きに精を出し脇の辺りが筋肉痛になった。
2日続けて整体で解してもらったが 老骨に鞭を売って頑張るのも程々にしなければならなくなったようだ。
綺麗になるのは嬉しいが もう少し、ここまで、と思ってしまうのがダメになるって悔しい。
「このお肉は美味しくないでしょうね」なんて話ながら治療してもらっていたが「大分 筋を切らないと食べられない」なんて先生に言われた。
ご名答なだけに・・・う~~ん悔しいなぁ

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朝の光と赤い曼珠沙華が咲くと綺麗かと同じ花を撮りに行った。
意外にも 前々日の夕方に撮った方が空間もあり面白い。写真も色々撮って失敗もイッパイして判ることがある。
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by souu-3 | 2015-09-19 19:38 | 雑記

巣立ち

9月8日 キウイの棚に作られた巣から 鳩が巣立って行った。
親バトが営巣し始めて1ヶ月ほどの滞在だった。

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8月初め 2羽の鳩が偵察に来て居るのに気付いたのは 厳しい暑さが続く頃だった。
暑い日も雨の日も 2羽が交替で卵を抱き半月が過ぎた。検索すると15日~17日で雛が孵ると書かれていた。
17日目(8/25)、巣では小さいのが動いている。抱卵中も用心深かった親鳥は 見上げる私たちにより一層警戒しているようだ。ここは勝手口だから 通らないわけにはいかない。まぁ 気になって見てしまうということは大いにあるが悪い事をしようなどとは決して思っていない、と言っても通じる筈もないが。
スクスクと成長した雛は フワフワした産毛がキジバトの羽毛になってきた頃(9/1)から親は窮屈になった巣を離れる時間が多くなった。留守中、脚立に上って覗いてみると威嚇する。
一人前なこと。こんな事まで言い聞かせているのだろうか? 
雨が降ると傘をさしてやりたくなるが 余計なことはしない!グッと我慢の子だ。
最初は1羽しか見えなかったが2羽いることが判った。どうも大きさが違う。親がミルクを与えても大きい方が積極的で多く飲んでいるのではないかと思われる。雛たちは鳩ミルク(ピジョンミルク)と呼ばれる親鳥のソノウから分泌される高タンパクなミルクで育てられるそうだ。
きっと大きい方が先に巣立つだろうと思っていたが 8日の朝、起きた時は未だ巣にいたが朝食などの準備をして覗くと もう居なかった。親鳥が隣のアンテナから こっちを見ている。
1羽だけになったチビちゃんは大人しくしている。寂しくないかな?なんて思っていると親鳥が来てミルクを与えていた。沢山飲めるようになったのだろう。
午後、丁度見ている時に親鳥が誘導している風にみえたので観察していると 練習もしないのに上手に飛んで行った。姿が見えない。まだ近くにいるのだろう、親鳥らしき2羽の鳩が斜め隣のアンテナからずっと見ている。1羽が降りて来たりしていたが雛の姿は見えなかった。
何時の間にかどの鳩もいなくなった。新しい住まいへ行ってしまったのだろうか。
動画で記録した。 ↓



台風の前日に巣立って良かった。親子4人(羽)で仲良く雨宿りしているかな?

【追記】
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重陽の日の午後、3時頃だった。
前日巣立った雛が戻ってきていた。
生れた巣の近くにある竿竹の端っこに座っている。

台風の影響で降り続いた雨も上がったので 空っぽになった巣を片づけて掃除をしようと思っていた 巣には戻らなかったが近くまで来るのなら もう少しそのままにしておこう。


昔、実家の母が 巣から落ちた鳩を育てたことがあった。
d0330311_19262548.jpgどのような世話をしたかは判らないが非常に馴れていた。母だけでなく私たちが帰宅すると 何処で見ているのか飛んできて部屋にも入ってくる。これはあまり良い事ではない。うっかり窓を開けたまま外出すると最悪。糞を落として行く。衛生にも悪い事だが その為に病気になったりはしなかった。
こうして母の頭にも乗ってもきた。
が、何時の間にか来なくなった。外敵にでも遣られたのだろうか?
10年以上も生きるようなので寿命だとは思えない。好きな鳩が出来て帰って来なくなったのなら良いが。


d0330311_6155066.jpg 「巣・巢」
木の上に鳥の巣がある形の象形文字。この中に雛がいる。これは金文であるが 古代から鳥たちは木の上に 巣を作り雛を孵して育てていた。ずーーーと同じことをしているのが判る。
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by souu-3 | 2015-09-09 06:20 | 雑記

生れました!

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厳しい暑さだった8月も あと僅かになった。
今朝はヒンヤリ。気持ちの良い朝だ。
「待てば甘露の日和あり」 まだ、油断は出来ないだろうけれど 辛い日がずっと続くわけではない。判っちゃいるけど その時は「もうダメか!」なんて大げさに思う。

お~~!タイトルの「・・・」
孫が生まれた!なんて話ではない。
先日からキウイの棚に巣作りをしていた「鳩」の誕生!
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8月9日から巣に座りっぱなしの親鳥は飲まず食わずなのかと思っていたら 2羽が交替し抱卵していることが判り ホッとした。
15日から17日で孵るという。17日目の25日「遅いなぁ」と言う私に夫は「遅れているんじゃないか」と。人間じゃないからお産が遅れるって?と思っていると お昼頃、小さいのが動いている。
動画で撮っておこうと近づくと 羽の下に隠す。
2羽で偵察に来た時から 半月余りの付き合いだから 信用されていないのだろう。
仕方がないけれど 子供は取らないよ!写真だけだから、と言っても通じない。
アイは 私の側でお腹を出してあられもない恰好で 何の警戒心もない。こうなるにはお互いの信頼関係が必要なのだろう。鳩との付き合いより遥かに長いんだからねぇ

動画も これから巣立ちまで撮っておこうと思う。
細やかな楽しみが出来た。
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by souu-3 | 2015-08-27 05:54 | 雑記

幼い記憶

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明日、8月15日は日本が戦争に負けて70年の日を迎える。
その日の記憶は全くない。
年齢的にはあっても良いのだが 玉音放送があった その時間、私は何をしていたのだろう?
当時、同じ屋根の下で暮らしていた祖父母、両親は もういない。
我が家にはラジオというものもなかったのだろうか?そんな記憶さえない。姉に聞くと「あったよ」という。姉は今でいうダイニング、当時住んでいた家は板の間と言ったと思うが、その隣の部屋で聞いたそうだ。そこに私が居たかは記憶にないそうで 聞き取り難いラジオを聴いたそうだ。その後 母は「しっかり頑張りなさいと言うたはるんや」と言ったそうで その言葉が忘れられん、と言う。
確かに その後、映画やTVなどでも何度も聴くが理解し難い その上、余程感度の悪いラジオだったのだろう。
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昭和16年12月8日 日本の真珠湾攻撃によって太平洋戦争は始まった。
それから多くの犠牲があって この日を迎えた。

難しい事は判らないが そんな日本に生まれた私は生まれ育った家を焼かれ疎開先だった叔父が戦場へ行った留守宅を借りて住んでいた。
その家族は祖母の家に移り住んでくれた。今、思えば従兄弟たちの犠牲があっての生活だったかもしれない。
勿論、のほほんと暮らしていたわけではなく当時、イジメなどとは感じなかったが疎開っこは それなりの仕打ちに遭っている。
当時、カボチャや芋ばかりだったが餓えに苦しんだわけではない。子供にだけ無理をしてくれていたのかもしれない。姉は今もカボチャが嫌いだと言う。当時のことが蘇るようだ。4才違いで感じ方が違うのかもしれない。d0330311_8441521.jpg
その後、叔父が戦地から無事帰ってくることになり 私たち一家は大阪へ戻ることになった。が、焼けてしまった家はなく再建するお金も多分なかったのだろう。近大(今ではマグロで有名になったが・・)のすぐ近くに戦争未亡人となった親戚のオバサンの家を借りることになった。
疎開先と違い学校も近く、下校後は近所の子とかくれんぼやドッチボール、缶けり、馬跳びなどに興じた。
当時、流行り出した「東京ブギウギ」「買い物ブギ」「りんごの唄」など近所のお姉ちゃんが教えてくれた。
何一つ不自由なくとは言わないまでも それなりに楽しい日々だったのだろう。

今、新聞やTVで報じられている様々な出来事から思えば 恵まれた生活が出来ていた。親からは何も聞かされていなかったが 子供の為に頑張ってくれたのだろう。
私には語り継ぐほどのことは何もないが 親の庇護の元にあったこと、改めて感謝しなければならない。
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by souu-3 | 2015-08-14 09:17 | 雑記

ビックリ!

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今朝、Google を開くと こんな画像になっていた。
マウスを持って行くと「souuさん、誕生日おめでとう!」と。
エッ?こんなサプライズがあるの?

有名人の誕生日なんかは出ていることがあるが 無名の私の誕生日に?
きっと、他の人の検索画面には出ないのだろうなぁ

家族も覚えていないだろう誕生日、いつもの年と同じようにお盆の準備をするだけの日である。
来年から この日は「山の日」という祝日になる。


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このところ、TVも新聞も雑誌も「又吉」ばかりだ。
芥川賞って やっぱりスゴイ!
本を買おうか、図書館か友達が読み終わったら借りようかと思っていたが 文芸春秋で読むことにした。
昨日だったか 彼がTVに出演していた時、お母さんからメールが来て「花火読んだよ。」ってしょっぱなから間違っている。「飲み過ぎないようにね」と書かれていたと話していた。
主人公と息子をゴッチャにしている、なんてお笑いの人らしい話だった。

確かに主人公はお酒をよく飲むという描写になっている。
それにしても お母さんの間違いもそっとしておく、優しい人なのだろうと思った。普通、親にはエラそうに言うのじゃないかな?
離れていると子供の事は こんな風に心配する親の気持ちもよ~~~く判る。
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by souu-3 | 2015-08-11 09:13 | 雑記

70年前

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昨日、一昨日と午後になると雷雨が・・・
それもゲリラ雷雨というのだろうか?
一昨日は 極近所へ夕飯に間に合うようにと ソーメンカボチャを届けに行き 数百メートル、雷が酷かったので傘を差さずに走って行った。
のに、ビッチャンコ!
そんな翌日、ホームセンターで雨が降ってきた。この日は雨宿り。
小降りになって帰ろうとすると又降り出した。今度はスーパーで雨宿り。

携帯が入ったのに通話が出来ない。帰宅するとお隣が停電、我が家は点いている。外で立ち話していると「ウチは呼び鈴がダメ」「最近付け直したエアコンが・・・」と。何で皆同じではないのだろう。
家によって違う。
今朝の新聞には「ダウンバースト」か「ガストフロント」が起きた可能性があると出ていた。
これは何?又また検索。発達した積乱雲から突風が起こる現象だという。
春日山原始林では 杉に落雷したようで煙が出ていたらしい。

今日は午前中に用事は済ませておこう。

長く生きていると知らない事も次々体験するものだ。

最近、70年前の話題で賑やかだ。

d0330311_11482718.jpgこれは 戦争中、防空演習の日と写真の裏に書かれている。
左側の半分切れたのが祖母、子供は私。当時から鼻の低い子だった。モンペを履いて、いや履かされて何も判ってないボンヤリした子だったようだ。他の人はご近所の人らしい。
祖母は当時 47~8才だろうか。
3月13日の空襲で逃げ惑ったが 年齢から逃げる事は可能だったのだろうと 今、遥かに年齢を超えた私からみれば そんな風に思う。
何も聞かされていない。
大阪では50回を越える空襲があり B29が100機以上来襲したのが8回、市内だけで1万人以上の人が亡くなったそうだ。

この写真は 多分、何方かから ずっと後に戴いたのだろう。我が家は全て焼き尽くされた。

父は 甲種不合格とかで兵隊さんにはなれなかったようだし 家が焼けた以外に語れることは何もないが 戦争は悲惨だ。絶対にするべきものではない。

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d0330311_11485897.jpgこの間から キウイの棚から 2羽のハトが出入りしている。
数年前にも巣を作ったことはある。1度だけ雛が孵り巣立ちを楽しませてくれた。
が、途中で何者かにやられて 諦めたり、無残にも卵が落ちて割れていたこともあった。
それから数年 来なかったが、今年は久しぶりに出たり入ったりしていた。
今朝、棚の下に木の枝が沢山落ちている。あれ!?と思って上を見ると 向こうもじっと私を見る。
あれから ずっと座っている。
暑くないだろうか?喉は乾いていないだろうか?余計なお世話をしたくなる。
ダメ!ダメ ソッとしておくのが良い。
自分に言い聞かせて・・・

無事に雛が孵ってくれることを願って。
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by souu-3 | 2015-08-09 14:18 | 雑記

「特記事項なし」の日々

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昨年、月草さんに教えていただき水苔で育てたサギ草が咲き出した。
元々、小さい花が好き!白い花が好き!
この鷺が羽を広げて飛んでいるような可憐な花には これ以上ないと思われる美しさがある。

芽が出て葉っぱが出て 花芽が付き ホンの少し白い花が見えてくるまで何日かかっただろう。
待遠しく 睨み過ぎたからか中々開いてくれなかったように思う。

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今朝も早くに目覚め 少~~し空が白みだしたのでアイを連れて階下に降りた。
お散歩に行こうとせがむ。東の空が赤い。カメラを取りに戻り その方向へ歩いて行く。あの辺りから太陽が昇ってくるのだろうと思われる山の向うに光が・・・暫く歩いたが 雲が広がり太陽の姿は見えないまま。
若草山、春日山原始林、高円山、毎日見る山々ではあるが 季節により、天気により姿が替わる。
ここに住んで良かったと思う。が、段々建物が増え景観が悪くなる。いつ頃かは判らないが道路も出来るようで予定地の立て看板を見かける。
我が家から この山並みが見えづらくなってくる。


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稲の穂が こんなになっている。
暑い!暑いと怠けている間に 頑張って成長しているのだ。いや、お百姓さんの努力があることを忘れてはいけない。

先日、仕事帰りに いつも混雑して食事場所に困るあべのハルカスで デンマーク王室ご用達という「A.C.パークス」に入ってみた。
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お昼なので軽い物で良い。と、こんなものを注文。いつも一緒の友が熱中症のような症状で 途中早退し病院へ行った。点滴してもらって暫く休んで帰宅できたようだが 例年、盆踊りの練習に熱中する彼女も寄る年波だろうか?ちょっと大人しくしているようだ。

=吊り替えし 風鈴微動 だにせず=
鳴らない風鈴を別の場所に吊るしてみても全く動かない 風もない暑さ。なんて字足らずで説明なしでは判らないのは俳句とはいえない。

アイも今日、抜糸して大丈夫と言って貰った。何とかみんな元気に過ごせているのは有難いことである。
 
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by souu-3 | 2015-08-06 16:04 | 雑記

キョウイクとキョウヨウ

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昨日、こんな話をしてくれた人があった。
コンサートでの司会者の話だそうで「元気でボケずに長生きするには・・教育と教養だ」と言われたそうだ。
教育はキョウイク=今日行く、教養はキョウヨウ=今日 用がある、ことだと。
ボ~~ッと暮らしていてはダメだという事ではないだろうか?

行くところや用事があるのは 本当に幸せな事。それが残念ながら出来なくなるのが老いなのかもしれない。
が、ある程度、努力して これに近い暮らしをすることは出来るのだろうか?思いがけない事が起こるのが人生だから その心算だけでは如何にもならない事だってあるだろう。
そうならないことを願う・・・神頼みだけではダメかも知れないが何とか願いたい。


d0330311_8234827.jpgここに神頼みだけでは 如何にもならなかったのが居る。
先日、アイのオッパイにシコリがあるのに気が付いた。検査の結果、2週間の投薬で こちらは治くなった。
が、子宮蓄膿症になる可能性が大だからと手術することになった。
23日に手術し1泊入院、迎えに行くと大喜びだった。近くの公園でおしっこもしタクシーで帰宅、入院中もご飯は普通に食べ帰宅後も何時もと変わらないが 何となくいつもと違って静かだ。
エリザベスを付けて帰ると思っていたので以前、リクが使っていたのを持参したが 舐めなければ付けなくっても良いらしい。
その代り ずっと観察していることになる。頑張ってるアイを見ているのはタイヘン。何時も時間は何と早く経つのかと思っているが 今日は早く時間が経ってほしいと願う。今まで飼った犬は殆ど去勢手術や避妊手術をしている。今までも こんな風に心配していたかな?これも老いの所為だろうか。

More=広域連合=
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by souu-3 | 2015-07-25 09:10 | 雑記

鰥寡孤独

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大型でゆっくりの台風11号が日本列島に接近している。
お天気が良い間に 洗濯、買い物、諸々の用事を済ませてと・・ 昨日は1日バタバタした。
今朝は台風に合わせて ゆっくり。
ブログ更新には何もない。
写真もない。
庭に出ると 蝶がひらひら
蝉の声も聞こえない。
子供たちは学校へ行ったのだろうか?

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皆さん、家の中で何をしているのだろう?

夫とお茶を飲み
TVを観て・・・

こんな日があっても良い。
とは申せ この台風が抜けるのは明日か明後日?

先日、新聞のコラムに天平735年聖武天皇が「鰥寡孤独・かんかこどく」の制度をおこなったと書かれていた。
鰥は老いて妻のいない人、寡は老いて夫のいない人、孤は幼くして親のいない人、独は老いて子のいない人、
孤独でいたい人もいるかもしれないが 孤独でないに越したことはないだろう。
私が生れた時、それから数年経って弟が生まれ 姉が嫁ぐまで10数年は7人家族だった。
最近、TVなどの報道でも災害時、避難世帯数と避難者の数に あまり差がないという事は一人暮らしの家庭が多いということだろう。
回りを見回しても そんな家庭が実に多い。我が家も私がこの世から消えたら 夫は一人暮らしになる。逆も然りだ。
昨日、友達から電話があり「2か月ほど前、足首を骨折した」という。彼女も一人暮らしである。が、常日頃、車に乗れるのでお買い物や病院へ行く ご近所さんのお手伝いをしているようだ。
こんな時、それらのご近所さんが何かと助けてくれたようだ。ご自分の子供さんには 骨折したことは言ってないという。
だが、このコラムには鰥寡孤独・貧窮・老疾で自存出来ない人は 近親が引き取る。近親がいなければ坊や里、つまり地域社会が面倒をみる。80才および重度の病や障害のある人には「侍・じ」1人をつける。侍は90才には2人、100才には5人とする。という規定もあった、という。
奈良時代には身寄りのない人や高齢者をひとりで放置しておくという考えはなかった。とも書かれている。
病気に対する細々とした決まりまであったようだ。
現在の長寿国では無理かもしれないが こんな救済規定があったらしい。今の政府は 昨日のようなやり方で良いのだろうか?
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by souu-3 | 2015-07-16 10:57 | 雑記
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一瞬のきらめきを求めて


by souu-3
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