玉響記=たまゆらのき=

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永慶寺

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暮れになると お墓詣りをして翌年の護持料を支払いに行く。我が家は元々夫の父が大阪へ出てくる時 次男である弟に全て託してきたらしく ご先祖からのお墓がなかった。夫は長男であるから父が亡くなった時 この地のお寺にお願いし50数年お世話になっているお寺は豊臣秀長の菩提寺でもあるが ここにはお墓は作れず 柳沢家の菩提寺である永慶寺にお墓を建てた。他に納骨をしたお寺もあり お付き合いが大変だ。

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永慶寺は宝永7年 (1711年) 甲府初代藩主柳沢吉保が、甲斐国躑躅ヶ崎に菩提寺として創建し享保9年 (1724年) 二代藩主柳沢吉里が大和郡山に国替えとなり、永慶寺も菩提寺として現在地に移った。
山門(1枚目の写真)は郡山城主であった豊臣秀長(豊臣秀吉の弟)の天正時代に郡山城の南御門として建築されたものを移築したもので大和郡山市の文化財に指定されている。

2枚目の写真は弁天門であるが 大抵、自転車で行くので この中へ自転車を止めてお詣りする。

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2008年、ブロ友さんで柳沢家所縁の方がここへいらっしゃった時、ご一緒させてもらった。
いつも閉まっている柳澤家仏間である香厳殿を拝見したのは 後にも先にも この時だけである。
今回のお墓詣りで この建物の横から入る建物内で 住職が書かれた書の作品を見せてもらった。春ごろ書いてほしいと頼まれたそうだが 残るものなので気持ちが入らないと中々書けないという事だったが 画仙紙2反(1反は100枚)使って これだけだという事だったが部屋に貼られたロープには沢山の書が掛けられていた。
「南無阿弥陀仏」もあったが「和敬清寂」「随処作主」「日々是好日」「一期一会」など禅語が殆どだったが勢いの良い元気な書は素晴らしいものだった。

この日は快晴だったが 翌日は朝から雨。
4,5日前から リクがくしゃみをよくする。d0330311_15211615.jpg風邪かもしれない、獣医さんへ連れて行こうかと思いながら d0330311_1538276.jpg検索したら「犬は風邪を引かない」とも出ている。そんな風に聞いたこともあるが「犬も風邪を引く」と出ているものもあり ホコリのアレルギーということもあると。
そこで丁寧に掃除をし、空気清浄器をリクの側に置くことにした。少し様子をみよう。
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by souu-3 | 2015-12-22 05:51 | 奈良

鹿の舟

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奈良の観光案内所「ならまち振興館」がリニューアルし複合施設「鹿の舟」に生まれ変わった。
d0330311_17165660.jpg11月19日にオープンしたが12月17日にはカフェもオープンするというので それからで良いと思っていたがリクのカテーテルなどがなくなり奈良町近くの獣医さんへ行く序に寄ってみた。

この日は真っ青な空には雲一つなく晴れ渡って歩くのには良い日和だ。

カフェは目下工事中であるが「囀(さえずり)」といい喫茶室と雑貨店で、前には田んぼや畑、和のハーブ園などが出来る。
食事処は「竈(かまど)」と言って 薪で炊いたごはんを定食で食すことが出来る。

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この竈で炊いたご飯はお代りもOKらしいが 流石に美味しい。
奈良の伝統野菜が付く。
これらを購入することが出来るコーナーもあり 室生の食パンが美味しいから是非食べてみてと店員さんに言われ購入。確かに胡桃の入った食パンはサクサクして美味だった。

そして「繭」
観光案内所がある この部分は大正時代に建てられた邸宅を改装したそうだが 現在、蔵を改装された展示室では、「鹿の舟」のロゴマークをデザインされた望月通陽さんの作品展が開催されている。

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「繭(まゆ)」には読書室があり奈良の名品・白雪ふきんのかやが吊されていて、繭の中に居るような感覚で ゆっくり読書出来るようになっている。
奈良の歴史や言い伝え、郷土料理などに分けて展示され興味のある本も沢山並んでいた。 座れる場所が作られているので時間があれば ずっとここに居たい、そんな気持ちにさせる居心地の良さがある。
昔ながらの生活文化を体験できるワークショップも開催されるようだ。

d0330311_19182328.jpgこの近辺には称念寺、高林寺、井上神社、崇道天皇社、璉珹寺(1枚目の写真)などがある。
その璉珹(れんじょう)寺で「おまもり展」が開催されているというので覗きに行った。
5回目というが23名が参加されている。昨年は13名だったから 随分盛況なのだろう。
上村恭子さんが出品されているのとアート書道ってどんな作品かな?と思ったので出かけた。
今回はテーマが「星」だそうだ。

12月8日の朝 ↓ More にリンク

More
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by souu-3 | 2015-12-07 20:02 | 奈良

ためしてガッテン!

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良い陽気にノンビリしていると 秋から冬へと季節は移り変わったようだ。
夕べ、お風呂の窓から丸いお月様が輝いていたが今朝は真上から少し西寄りに移動した月が一層明るく輝いている。今朝も冷え込んでいるのだ。d0330311_5212315.jpg
今夜のおでんを煮ながら 炬燵の中で認(したた)めている。
あ!月は真っ暗な空では こんなに輝いているけれど日が出てくると輝かない。
日と月が同時に出ると「明るい」なんて誰が言ったのだ?
「明」は そんな成り立ちじゃないよね。
明にある「日」は「囧(けい)」で窓の形。
古代の家は半地下で 上の方に作った明かり窓から射す月光が明るいと言うことから出来た字。そこに神を迎えて祀るから神明という。

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この→ ジュレは先日秋篠寺へ行った時
お昼ごはんを食べた 秋篠の森・なず菜で出たもの。

母親同士が従姉妹、祖母同士が姉妹という親戚の子(?)人と言うべきだよね。
でも、大昔から「子」という感覚。
その子の母親のことを姉ちゃんなんて・・・90何才だかになっているのに変だけど切り替わらない。
あ、その人と随分以前から 秋篠寺へ行こうと言いながら中々実現せず やっと行ってきた。
その時、奈良産食材が色々使われていた。
あやめ蕪、黄人参、大和真菜、二十日大根、黄カリフラワー、赤カブ、隼人瓜、吉野田舎こんにゃく、菊芋、大和当帰、紫大根、大和茶、小豆。
当帰って?根には血液循環を高める作用があるらしく奈良の宇陀で栽培されているらしい。
奈良に美味いものなしって誰かさんが言ったらしいけれど 奈良だって頑張っているのだ。
これ → は その時の「蟹と紅玉の生姜酢ジュレ」

そうそ、今日は「ためしてガッテン!」の話だった。
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ここ、奈良の三条通りに面した奈良漬け屋さん
勿論、奈良だから奈良漬けのお店は何軒もある。が、この前は数えられないほど何度も通っているけれど入ったことはなかった。
う~~ん、奈良漬けは好物ではない。戴き物は多いが自分で買うことは少ない。と、言いながら進物には購入している。
でも、ここのように純正奈良漬けでない店で買っていた。
d0330311_5553449.jpg こんな色!
左は胡瓜、右は西瓜
こういう商品だということも知らなかった。

先日のためしてガッテンで紹介され 行ってみた。
そんな人も多いのか いつもより随分買っている人が多い。
TVの影響大なんだろうか。
私も その一人だから・・・(^_-)-☆

知人から自家製の奈良漬けを戴く。
この方は地元の酒造会社へ酒粕を毎年買に行くとは聞いていた。
私たちが粕汁に使っている酒粕とは違う。
奈良漬け用のもので あんなに真っ白くはない。遅くとも8月までに出る漬物用の柔らかい酒粕で少し黄色みを帯びたものだ。
その方は胡瓜を漬けられるので栽培も自分でされ 塩漬けをし、前年使った粕に入れて塩抜きをし 新しく作った粕床に入れ直す。その間 2年ほど要する。
どこの店で買った物より 一番美味しい!

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こうして切って比べると他の店の奈良漬けとの色の違いが判る。

これは切ってすぐ食べると味がきつく感じるので 食べる大きさに切って冷蔵庫に3~5日冷やしてから食べるようにしなければならない。
開封後でも酒粕に戻せば長期保存が出来るらしい。
TVでも言ってたけれど水気を嫌うらしい。水を入れないように気を付けなければならない。

また、TVで奈良女子大で色々試していることを放映していた。最近、そんな商品をよく見かける。
奈良市内のお饅頭屋さんで発売されていた「奈良漬けチョコラ」は大好物だったのに 何故か製造しなくなったという。
如何したんだろう?

そのTVでやっていたマシュマロの粕漬けやってみたが タレントさんたちが絶賛していたほど美味しいとは思わなかった。可なり皆さんオーバーに表現されるのだ。
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by souu-3 | 2015-11-29 06:24 | 文字の成り立ち・漢字

唐招提寺・御影堂

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この連休中の予定は何もなかったが やっぱり近場だけど連日お出かけ。
何時ものようにお買い物の足を ちょっと延ばしただけ。自転車で15分も走れば唐招提寺に到着。

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京都の観光客程ではないが ここもいつもの静けさはなく賑わっている。

境内の北側に位置する土塀に囲まれた御影堂は 例年、鑑真和上の命日(6月6日)にちなんで一般公開されるが、老朽化が激しく、5年程度をかけて調査や修理を行うので、坐像や東山魁夷作品を新宝蔵に移すため 当分、見ることが出来なくなる。

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御影堂は 元、興福寺の別当坊だった一乗院宸殿の遺構で明治以降は県庁や奈良地方裁判所の庁舎として使われたものを昭和38年(1964)移築復元した。
d0330311_1061532.jpg現在は、鑑真和上坐像(国宝)が奉安されており、昭和46年から57年にかけて東山魁夷画伯が描かれた、鑑真和上坐像厨子扉絵、ふすま絵、障壁画が収められている。
鑑真和上は、聖武天皇の招きに応え授戒の師として来日することになったが、難航海のため到着するまでに12年間の歳月を要した。
奈良の都に着いた時は両目を失明していた。鑑真和上が戒律の道場として、759年に創建したのが唐招提寺である。
国宝・鑑真和上坐像(脱活乾漆造、彩色、像高80.1cm)は、763年和上の死を予感した弟子の忍基らによって彫られたと伝わる。

和上の前でお焼香する人が並び ゆっくり襖絵を拝見しながら順番を待った。

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=和上と襖絵の画像は入場の時に貰った絵葉書=
d0330311_10153117.jpg東山魁夷は71年から約12年かけてふすま絵「濤聲」(とうせい)や障壁画「山雲」(さんうん)など6作品を描き、同寺に奉納した。
「濤聲」和上が出発した中国の海岸から始まり、荒々しい大海原を渡り、ようやく到達した日本の海岸の景色を描いた16面
「山雲 」日本の風土の象徴として山と海を群青、緑青の岩絵の具で描いた10面
「黄山暁雲」中国の壮大な風景を墨一色で描いた8面
「揚州薫風」和上の故郷・揚州の柳の薫りが風にのって流れてる絵26面
「桂林月宵」和上ゆかりの地・桂林の風景8面

庭には東山魁夷画伯の書による「山雲濤聲」の碑があった。
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by souu-3 | 2015-11-24 06:44 | 奈良

東大寺東塔院址

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三連休の初日、唐招提寺では御影堂の修理を控えて一般公開が23日まで、大仏殿東塔院発掘調査の説明会が 21日だけというのでどちらに行こうか、朝から思案していた。
結局、大仏殿へ。(写真は鏡池に写る大仏殿鴟尾)
最近はごった返す大仏殿周辺。人を掻き分け東塔院址へ直行したら 3度目くらいの説明だったが意外に人が少ない。行列覚悟でオムスビまで持参したのに・・・
d0330311_6245547.jpg今回の調査で鎌倉時代の基壇が確認された。
国内最大級という約27m四方、高さ1.7m以上と考えられる塔基壇址が確認され 奈良時代の基壇の上に盛土を加え 一回り大きくしていることが判った。盛土には焼土が混じっており そこに含まれる瓦は全て奈良時代のものらしい。
柱間寸法は中央間20尺(約6m)両脇間18尺(約5.4m)
東塔は高さ70〜100メートルの巨大な七重塔だったのではないかと言われる。
北側と東側に階段跡、周囲に玉石敷きが残っていた。奈良時代の基壇は約24mと鎌倉時代の塔より小さく建物の構造も異なっていた可能性があるようだが 西塔で確認されている23.8mと似ている。
塔を囲む回廊は鎌倉時代のものと鎌倉時代と粗、同じと考えられている。

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発掘現場 全体。↑
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右、写真の左上部分は奈良時代のもので 鎌倉時代に再建された部分との違いを見ることが出来る。

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説明者の後辺りが 塔の中心部分。

今後、また新しいことも判るだろうけれど 冬になると凍るので一旦、埋め戻すそうだ。
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by souu-3 | 2015-11-22 08:13 | 奈良

伎芸天さん!こんにちは

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夕べまで降りつづいた雨が秋篠寺の苔を一段と艶やかにしていた。
そんな日、久しぶりに伎芸天さんに逢いに行った。
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お変わりなく静かに迎えて下さった。d0330311_17524362.jpg
弟子たちを始め みんなが元気で上達出来るようにお願いをし、
柱にもたれて優しいお顔を じっと眺めていた。
こうしていると心が洗われるような気がする。 

正面から見つめ、左から眺め、写真などでお馴染みの右から眺め、もう一度正面から見たり。
おおらかで優しいと言われる右側からより 何故か左側のお顔が好きだ。

だから 柱の傍から見る。

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11月も半ば、いやもう下旬といわれる頃だ。
落ち葉も真っ赤になっている。

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真っ赤な木々も美しいが 山茶花も美しく誇らしげに咲いている。

暑過ぎず 寒過ぎない良い時期だ。アッと言う間に過ぎ去るのだろう。
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by souu-3 | 2015-11-19 19:01 | 奈良

郡山城石垣整備工事

d0330311_1049919.jpg平成29年3月末の完成を目指して郡山城天守台展望施設整備事業が進められている。
現在、石垣が膨らむなど崩壊の恐れがある北西面の一部を解体し、破損部分を組み直す工事を実施中である。400年前の石垣を可能な限り残すため、解体は最小限にとどめる方針で、解体面積は石垣全体の13%になるようだ。昨年5月、6月と 9月にも説明会があったことは既に記載済みである(夫々にリンクあり)。d0330311_1124572.jpg
石垣の表面にある大きな石(築石)の解体数は236個。石垣を支える四隅の石は特に重要で、北西角に積んであった石(角石)は最大2・8トンあった。
郡山城は大和・紀伊・和泉の3ヶ国に河内国の一部を加え、約110余万石の大名だった豊臣秀吉の弟、秀長が居城とした。
明智光秀や藤堂高虎らが普請に携わり、筒井順慶や秀長らの主導によって改修された。
奈良は良質な石材が乏しかったため、奈良一帯の各戸に五郎太石の提供を義務付け、寺院の石地蔵や墓石、仏塔なども徴発され石垣石として使用された。中には、平城京羅城門のものであるといわれる礎石が使われていたり、8世紀ごろの仏教遺跡である 頭塔の石仏が石垣の中から見つかっている。

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今回の解体でも 左写真の矢印辺りから 右のお地蔵様が出てきたそうだ。(このお地蔵さまは痛みが酷く元の所には埋めないということだった)

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こうして割れた物は取り除かれ同じような形に作られた石と交換される。割れていても接着剤で補修出来るものは元の通りに積むそうで それらには黄色いテープが張られていた。

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築石、裏込め(栗石・砂利層)、盛土の三層から成っている。角部分は直方体の石を使い長い面と短い面を交互に積む算木積みの手法で積まれている。盛土部分が層になっているのは 下から順に積み上げたために出来たものだとのことだった。

また、今回は石を割る実演があった。
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ノミで矢穴をあけ 矢を差し込み水をかけて矢の頭をかけやでたたく。これが中々難しいのか時間が掛かった。 石が割れた時は回りから拍手が沸いた。

この日は裏込め石に想いを書く事も出来た。
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「平和のシンボル金魚が泳ぐ城下町」
「再生祈願 400年後の〇〇〇」
「御先祖様に感謝」
「無限」
などと書いた人もいるが
私は・・・
事前に書くことは判っていたのに 中々良い言葉は浮かばなかった。
今度、修理が必要になる?400年後の人々が こんな人が居たのだと思ってほしい。
なんて考えると短い文章に纏める難しさを痛感した。
でも、遠くへ行かなくっても ここで楽しい生活が出来る今、幸せだと思っている。それはここに住んでいるから。そんな思いをつづった。

これらの裏込め石は多分、大きく解体された北西辺りの中へ入れられるだろうということだった。
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by souu-3 | 2015-11-16 00:10 | 奈良

十二支

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今朝の新聞に「大根の年取り」の話が出ていた。
旧暦の10月10日だというから 今年は21日が その日に当たるので少し早い話ではあるが この日が過ぎてから秋大根を収穫したそうだ。
亥の子、十日夜(とうかんや)とも呼ばれるそうで これから来る厳しい冬を前に外に出歩くのにコートが手放せなくなり、暖房がなかった時代には囲炉裏に火を入れたくなった頃の行事らしい。
今夜は熱々のふろふき大根にしよう。

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我が家でも 夕べからヒートテックの下着に着替え 寝床には毛布を敷き冬の準備を進めた。

今年最後の展覧会になる「いろいろなハガキ絵作品展」の作品が集まり仕上げをした。
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展示は12月1日~25日で奈良新大宮駅前にある”ギャラリー風と心”で 画廊の企画展。
4回目であるが 今年初めて参加することになった。
その手始めということで 今回は教室の有志のみの出品で 十二支を一枚ずつ書いて貰って二枚のパネルに並べた。
左上から「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」で 書と印を組み合わせた作品に統一した。
書いた作品は 「子」ここに穴あきチーズの模様が思い浮かぶのは若い人ならではないだろうか。  「丑」cows 牛を力強く。  「寅」寅か虎か迷ったようだが 虎の甲骨文字で。  「卯」卯の消しゴム印を中心に仮名文字を添え肖生印の兎を。  「辰」この干支印は15年前に特別教室で彫ったものであるが 金と銀のスタンプで色々な押し方を試行錯誤の上 決めたものでそこに龍(昇竜)の文字を。   「巳」文字の途中から立体的になるように工夫した。最初は音楽に合わせて壺から出てくる蛇を書こうかと思ったが この程度に留めた。 
2枚目のパネルは縦作品に統一した  「午」甲骨文字の馬の印に隷書っぽく金色の馬を配置  「未」未印に仮名のひつじを柔らかく  「申」甲骨文字の申と印  「酉」隹に酉の印を  「戌」犬の甲骨文字と戌の印を  「亥」肖生印に説文解字で亥の文字を。

今年はみんなで合作したが 来年からは1枚のパネルに1人の作品を並べても良し。また数人でグループ参加しても良いと思っている。
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by souu-3 | 2015-11-13 15:05 | 書道

正倉院展

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d0330311_14144781.jpg今年も10月24日から始まった正倉院展。
友達からメールが入り 急遽、出かける事になった。
博物館への道で鹿がせんべいを欲しがっているのを見て友達が購入した。ちょっと食べてみようと二人で口に入れた。勿論味がないのは判っての事、でも湿気てパリッとしたせんべいでなかった。
8月末、白鳳展を観に行った時、何も言ってなかったので今年は行かないのかと思っていたが。
聖武天皇の遺愛品等々9000点ともいわれる宝物の内、本年は63点が出陳されている。
丁寧に観ると疲れるので1割程度、特に観たい物を絞りじっくり観るようにしている
琵琶、筆、石の横笛、塵尾(しゅび)など、観たい物は 皆さん同じなのか人だかりが凄い。
今回展示された筆は3管で 内1管は初出陳。私たちが特に気に入ったのは このキャップ(帽)。現在のものはプラスチック製で これは店頭に並べる時に筆が痛まないようにという程度の物であるから 使う時には捨ててしまう。
↑ このように竹製で隙間がある。これが良い!もう1管には先をくり抜いたのがあった。
売店で これを模して作られたものを見つけ「う~~ん」正直なところ筆は定価で購入しないし、細筆にしてはお高い。イタチ毛のようだが・・・でも、やっぱり家に連れて帰ろう、となった。

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琵琶は紫檀木画槽琵琶で 一緒に行った友達が特に気に入って「ルイヴィトンの柄に似ている」と大喜び。
人混みの中を 何とか潜り込んで説明にある山水人物図、景色を眺めながら詩や文章を作る人物は中々見え難い。
が、行けば それだけの値打ちがある。何か得て来られるように思う。

いつものことで ここだけで留まらない。
12月の展覧会のギャラリーと郵便局でも用事を済ませた。
d0330311_1559828.jpg この郵便局の前に こんなものがあった。
ずっと以前、友達がネットで見たのだと思うが 奈良の郵便ポストに鹿の彫刻が載ったものがあるから写真を撮ってきて!と、頼まれていたが 中々見つけられなかった。

これじゃないかとカメラと携帯で撮って 次の目的地で少し時間があったので写メールで送信。
「郵便は世界を結ぶ」と書かれた上にラクダと並んだ鹿の像があった。
1988年に奈良で開催されたシルクロード博を記念して設置されたものらしい。
この郵便局の前は何度も通っているのに 今まで全く気が付かなかった。
やっと約束が果たせた気分。頼まれればずっと気になるもので・・・


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by souu-3 | 2015-11-01 05:55 | イベント

栗名月

25日、近畿地方でも木枯らし1号が吹き いよいよ冬の到来である。
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その日、大阪の高校で同窓生による若山牧水と李白の話を、卒業生ではないのに聞きに行って 久しぶりに逢った友とハロウィンのケーキを食べながらお喋り。
翌朝、
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東の空に 輝く2つの星。星が煌めく日は寒い。
奈良の最低気温は6℃台だったと思うが 今年は9月から涼しくなり冬の到来も早いように感じる。
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スーパームーンと騒がれた中秋の名月から1カ月。10月25日(旧暦9月13日)は十三夜「栗名月」だった。
閏8月や閏9月が入る年は、十五夜や十三夜が2回設定されるため、2度目の十五夜は「後の十五夜」、2度目の十三夜は「後の十三夜」と呼ばれる。この十三夜は満月に少し足りない。十三夜は日本独自のもので それを好む日本人らしい行事だといわれる。
また、十三夜はこれから満ちて行く月なので、縁起が良いという見方もあるようだ。
季節的には、稲作の収穫を終える地域も多く、収穫祭の意味合いもあり、栗と豆の収穫時期であることからも「栗名月」「豆名月」ともいわれる。
今年の奈良は25日はよく晴れていたが26日の夜は雲が掛かっていた。翌朝、西の山に隠れる月は真っ赤で美しかった。

そんな日、春日大社の御造替を祝して鈴木哲也先生の奉納音舞台に 賣太神社輪読会のメンバーも参加した。
まず、全員で ご本殿正式参拝
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ご本殿に向かって 歌の奉納。参拝の後
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お神酒をいただく。

その後、感謝・共生の館で 奉納が開始された。
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歌、琴、オカリナなどのあと、「建御雷神(たけみかずちのかみ)と国譲り」の朗唱。
そして、「天翔る白鳥倭健命魂魄(こんぱく)の賦」
鈴木先生の歌と 藤本真喜子さんの語りによる歌物語で 輪読会とNPO法人・この花桜会の皆さんで、大和にいたヤマトタケルの妻達と子供達は、皆、大和から下ってヤマトタケルが亡くなった場所に作った墓の周囲の田んぼを這い回って、悲しんで歌ったという歌、 「なずきの田の」
小さい竹の生えた中を進むのは、竹が腰にまとわりついて進みにくい。空は飛べず、足でゆくしかない 腰(こし)なづむ 空は行かず 足よ行くなと歌われた 「浅小竹原(あさじのはら)」
また、白鳥を追って、海に入った時に、海が行けば 腰なづむ 大河原の 植え草 海がは いさよふと歌われた。海の中を進むのは、歩きにくい。まるで、大きな河に生えている水草のように、海では足を取られて、ゆらゆらすると謳われた 「海処行けば(うみがゆけば)」
白鳥が磯伝いに飛び立たれた時、浜つ千鳥(ちどり) 浜よは行かず 磯づたふ。浜千鳥のように、あなたは陸の上を飛ばないで 磯づたいに飛んで行かれるのですね。という 「浜つ千鳥」の4曲を歌った。

この日は、鈴木先生が作曲されたものを歌ったが ヤマトタケルのお葬式で歌われた歌で、今でも天皇のお葬式で歌われているそうだ。

この白鳥は 能煩野を飛び立ってから、河内の国の志幾(しき・大阪府柏原市付近)に留まったとされる。そこで、その地にもお墓を造って、ヤマトタケルの霊(れい)を鎮(しず)められた。このお墓を「白鳥(しらとり)の御陵(ごりょう)」という。が、この大白鳥は、その地からさらに天に翔上がり、どこかの地へと飛んで行かれた。
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by souu-3 | 2015-10-26 21:12 | 奈良
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一瞬のきらめきを求めて


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