玉響記=たまゆらのき=

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日の出と日の入り

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カレンダーも残り1枚になり手入れのされていない風船カズラが色濃くなり風に靡いている。
いよいよ年末が近づきつつあるなぁと実感する。

d0330311_11485634.jpg月の初めには県民だよりと市の広報誌「つながり」が配布される。

その中の市長のコラムから色々な情報が得られる。
大阪と奈良の境目にある生駒山は 奈良から見ると夕日が沈む山。大阪からは朝日が昇る山だ。

いつの間にか大阪に住んでいた期間より奈良が長くなった。それなのに生まれ育った所の記憶が切り替わらない。
どうしたことだろうか?
コラムにも夕日を眺める生駒山の向こう大阪の大部分は嘗て海だった。南北に延びる上町台地は貴重な陸地で その上に街が発展していく一方 太陽が通る東西の軸は心のよりどころとされ 埋め立てなどで陸地が広がると この軸沿いに大きな神社や寺院が山々から朝日を受ける位置に作られた、と。
この生駒山は私たちにとって太陽の沈む場所。郡山城天守閣の金箔瓦も 西日に輝いていたに違いない。来春完成する天守台展望施設から 先人の姿に思いを巡らせてみませんか。と締めくくられている。工事中が続いていた天守台もいよいよ完成間近なようだ。

*** blog の記録 ***
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by souu-3 | 2016-11-30 15:44 | 奈良

師走の前なのに・・

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大阪教育大・張ゼミの皆さんの作品と天津大學・王學仲 藝術研究所の方々の作品、そして井関氏のコレクション(リンクあり)の一部が展示され 奈良・餅飯殿のギャラリーまつもりで開催中。27日まで
この餅飯殿は奈良で最も古い商店街で JR奈良駅から三条通を通り高速餅つきで有名な中谷堂の横を曲がってすぐの所である。
「餅飯殿」の地名の由来は大峰山の行者を困らせる大蛇退治に出かけることになった東大寺の高僧、理源大師が大蛇の被害を受けた人々に「餅」や「飯」を配り大蛇を退治したので 餅飯の殿と言われた理源大師に因んで名づけられたと言われている。

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高齢化した私たちと違い 若い人たちのピチピチした元気な書と皆さんとも交流出来たひと時の後、又また獣医さんへリクのカテーテルやアイのサプリメントを貰いき行った。

翌日は
これも「又」なんだが喪服を着ることになった。文字文化研究所を立ち上げずっと運営されていた中心人物のお葬式。
ここでもお仲間たちと逢いお喋り三昧。

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そして本27日は朝から競書の審査。
大急ぎで帰宅して 地元のホールでの桂文枝独演会へ。
桂文路郎「宿題」文枝「やさしい言葉」三語「青い目をした会長さん」文枝「芸者ちどり・24才」
このホールが出来て15年。いつも見に来られる市長は 弥富市市制10周年記念事業「やとみ金魚サミット」に出席のため文枝師匠に手紙を出されたそうで「金魚に負けました」と。筆まめな市長らしい。

お喋りの多かった2日の後、ゆっくり落語を聴く。

まだ、師走に入る前なのに先週に続き連日バタバタした日々である。

この調子で12月を迎え 今年も過ぎ去って行くのだろう。








 
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by souu-3 | 2016-11-27 06:52 | 書道

文部科学大臣表彰

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地元の小学校から 公民館のクラブに出前授業を依頼されたことは 既に記したが この度、28年度「地域学校協働活動」推進に係る文部科学大臣表彰をされることに決まった。
勿論、公民館の それも書道クラブだけでなく地域の神社などとも交流した事に対しての表彰ではある。
小学校は勿論、公民館もクラブのみんなも嬉しい表彰となった。
また これからもこうした交流を通じ頑張りたいものだ。

表彰は12月8日 文部科学省で催されるそうだ。





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by souu-3 | 2016-11-25 13:12 | 書道

漢字の授業

d0330311_835395.jpg急に冷え込み冬の到来と思っていると 少し逆戻りをし樹々も一気に色付いた。
近くの公園の樹や家の前の緑地帯の桜の葉も真っ赤になった。
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クリーンキャンペーンで 綺麗に掃き清めたが夕方には又落ち葉がイッパイ!
眺めるのは良いが落ち葉の上は危険。特に老人は要注意であろう。
テレビでも美しい紅葉が映し出される。
日本はイイなぁと思える瞬間だ。

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漢字教育公開研究会が催され、公開授業を参観させてもらった。

10年以上前、所属していた文字文化研究所から何度か 福井県や滋賀県、京都などへ出かけた。
その時、色んな教材を作り試行錯誤した。
当時と変わらない方法での授業もあれば ICT(Information and Communication Technology)での授業まで様々なものだった。
d0330311_925175.jpg立命館小学校といえば これ!辞書だ。
流石 引く速さはスゴイ!!
我が教室で弟子たちに引かせる早さとは エライ違い。

1限に5クラス、2限で10クラスの授業が公開され自由に参観出来るようになっていた。1クラスをずっと参観しても良し、あっちこっちへ移動しても良い。私は 欲張りで全クラスを参観した。

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d0330311_920435.jpg「古代文字動物園をつくろう」という授業は 福井の小学校の先生が担当され 福井県の紹介で「こども歴史文化館」へ行ったことがある人と言われた。
思わず手を挙げそうになった。
福井は思い出がイッパイ!

古代の人が身近な動物の特徴をつかみ文字を作ったこと。龍・鳳・虎には冠が付いている。特別な生き物だったことなどの説明があり それから文字が広がって多くの漢字が出来た説明があったかは じっとそこにとどまらなったので判らない。
が、遊びも取り入れた授業は楽しそうだった。

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これも何度も試したことがある授業だが 人の形をポーズさせて知る。
二人が並んで 「並」の文字を作った古代の人は凄かったデスね。
観察力の素晴らしさがあったからこそ出来た漢字、表意文字だから一文字を見るだけで何を表しているか判る。
ローマ字やカナでは判断し難い。しかも3000年以上も使われている文字は世界の何処を探してもない。

d0330311_1019220.jpgd0330311_10193281.jpg時代は目まぐるしく変化する。
こうした ICTやパワーポイントなどが駆使されての説明は ノンビリした時代を過ごした者には大変だけど便利なものだ。

まだまだ変わっていくのだろうが 作られた文字の元は同じ。子供の時に覚えれば一生役に立つだろう。
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午後は意見交換会、白川フォント開発のデモンストレーション、白川先生の長女 史さんの記念講演があったが 例によって私の許される時間は ここまで。

携帯に市からの広報で地震が発生したという。奈良に住む者は自然災害が少ない地域だと思い込んでいるから 世界中どこでも起こることを知らされたのかもしれない。
朝は大阪周りだったが帰りは京都周り、近鉄特急で西ノ京へ 自転車を置いた駅までタクシーで大急ぎで帰宅した。






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by souu-3 | 2016-11-21 10:38 | 文字の成り立ち・漢字

目で見る漢字

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先月のことである。市内の小学校で絵本展が開催されたそうだ。PCの師匠のFacebookでそれを見ていると並べられた本の中に「目で見る漢字」という本が目に留まった。

図書館の本だというので行ってみると貸し出し中だったが予約を入れて帰った。

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漢字は丸暗記すると面白くない。
目で見て これがこんな文字になったのか!って感動することも多い。
子供向きなのかもしれないが 大人も充分楽しめる。
d0330311_864153.png  d0330311_8115781.png左は「」右は「
どちらも象形文字であるが甲骨文字(鳥)も金文(烏)も似た象(形)だ。
この本に依れば「4画目の横棒が目を表しており 全身が黒いカラスはこの目が識別し難いから」だと。説は色々あるが、このことも最初に断ってあったが そんな事より こう言われると嫌でも覚えられるのではないだろうか。

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蛙と桂 どちらにも圭が付く。「圭」は字通では圭玉の象と書かれている。この本には「佳」にもあるように美しいという意味を持たせている説もある、と。
鮭・畦・封・邽・街・湗(ほう)恚(うらむ、いかる)などもある。みんな美しいのかと言われれば よく判らないが こんな風に写真と組み合わせて漢字に興味が持てるように出来ている。

最初の画像、本の表紙であるがバラバラにされた蟹。分解しやすいのが「蟹」と出ている。
甲骨文字や金文にはなく説文解字にはあり 「解」は甲骨にもある 角と刀と牛の組み合わせで出来ている会意文字で 元々牛の角を刀で切り取ることであったが 現在は広い意味で使われるようになった。


明日は
京都の小・中学校の公開授業を見に行こうと思っている。
どんな授業をされるのか楽しみである。





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by souu-3 | 2016-11-18 08:41 | 文字の成り立ち・漢字

秋に咲く桜

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急な冷え込みに銀杏はすっかり色づいた。

昨年から体調を崩していた友が 快復したというのでお喋り付きランチをと言うことになった。
彼女とは会社の同期生で現在の大阪環状線、当時は城東線といい砲兵工廠の焼け跡がむき出しになっていた頃 この電車で通勤していた。
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d0330311_174729100.jpgその後、この辺りは整備され小さなヒョロヒョロとした木が植えられ 公園になった。

あれから50年 いや60年近くなるだろうか?
立派に成長した樹々が並ぶ。
そんな思い出話に花が咲き楽しい時間が過ぎた。

彼女はほっそりとした綺麗な娘さんだった。
結婚して立派な体格になったが この度の病で15K も体重が減った時期があったという。少しずつ回復しているようではあるが まだ可なり細く娘時代に戻ったようね。などと昔を思い出すことが多かった。両親のこと、兄弟の事、お互いに知り尽くしている間柄。話は尽きない。

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大川の桜も すっかり紅くなっている。
そんな中に
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八重桜「松月」が咲いていた。
松月と言えば造幣局の通り抜けで見た八重桜。
今頃も咲くのだろうか?十月桜など秋に咲く桜もあるが この種類の開花は検索しても見当たらない。
桜は本来、夏の間に翌春の花芽を作ってから休眠に入るが葉で作られ花芽に届く「休眠(成長抑制)ホルモン」によって、咲くことを「待て」の状態にされる。そして、葉が落ち冬の寒さで休眠から目覚め、次第に春の暖かさを感じて、つぼみが成長して開花を迎える。とネットには書かれていた。d0330311_1843514.jpg
そういえば 川沿いの桜の木は紅葉しているが 花の付いた木には葉っぱが殆どない。
何らかの理由で葉が機能しなくなり、十分な休眠ホルモンが花芽に届かず涼しくなった後、春のような暖かい日が何日か続くと開花するらしい。
それなのか この時期に咲く品種なのかは判らないが 寒風に揺れながら花は咲いていた。

日本には四季があるから こうして楽しめる。ちゃぁんと四季のある日本であってほしい。








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by souu-3 | 2016-11-15 05:26 | 雑記

初冬の日々

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d0330311_10564197.jpg初冬の陽を浴びてツメレンゲの花が 白く輝く。

10年位前近くに住んでいた花好きさんが この多肉植物を置いて引っ越していった。勿論いただいたのだけど。

この花は冬眠し 夏にも休眠するらしいが、今の時期 こんな花が咲き枯れてしまうが 枯れるのは親株だけで 地下茎を伸ばして子株が脇からよく出てくるので 私のように「ほったらかし」にしても長く楽しめる。

自生種は 準絶滅危惧種だという。
園芸種とは違うのかと検索すると「自然環境では山中の日当たりのよいロックガーデンであるとか、崩落地、岩の露出した断崖絶壁に生えるが、瓦屋根の古民家が多数残る地方の古い町を散策したり、山中や海岸の崩落した廃道や、廃棄された古いトンネルなどを探した方が良い」と書かれていた。

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もう、10年以上になると思うが 書道の友達が書くのを止めた。最近、身辺整理をしているらしく仮名料紙を加工していた頃、使っていた「膠」や「胡粉」刷毛、紙を貼っておく枠や版木を送ってきた。
止める人は画仙紙や筆など 使わなくなった物を貰ってほしいと言われることが多い。
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早速、版木を使って料紙加工をしてみた。
中々 細部まで丁寧に彫った版木の模様は素晴らしい。
有難く使わせてもらおう。

d0330311_11335590.jpgd0330311_11341626.jpg市内の公民館の秋の発表会の最後を飾る中央公民館・三の丸祭が12,13の両日開催されている。

2か所のクラブを担当していたが 犬の世話に帰宅して又出かけるのが億劫になったこともあり 弟子に任せるようになり 数年経った。
発表会には その時々で夫々に新しい手本を書かねばならない。
慣れれば何でもないことだが 中々大変なようであったが よく勉強してくれて書けるようになった。
自分の為でもある。
教えることは学ぶこと。
随分 腕は上がったと思う。

そういう弟子を多く育てなければならないが 難しい。
書道の場合、まず真似ることから始まる。手本を見て書くだけでも大変なのに 何でも書けるようになるには結構 努力が必要だ。
目の前で すぐ書けると良いと思うが 多くの場合、時間的なこともあり後日手本を渡すことになるが それなりに時間を掛けているようだ。

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来年も「古事記のまつり」が1月21日に催される。
4回目であるが 賣太神社・輪読会から出演することになり「木花之佐久夜毗売」を朗誦と歌で綴る。
練習も始まったばかりであるが どんな出来になるだろうか?





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by souu-3 | 2016-11-12 12:02 | 書道

秋は何処へ?

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ブルーインパルスが 我が家の上空を通過した日は 確かに「秋」だと思った。
真っ青な秋らしい空だった。
7日は冬が始まる日「立冬」暦に合わせたように冬が来た!何と短い秋だったこと。

d0330311_9393062.jpgそんな頃、我が娘のサロンは開店丸5年という日を迎えた。
東京には 若い経営者も多いようで そんな人たちとも繋がりが出来ているようだ。勿論、一人の力ではない、助けて下さった方々があっての事だが5年間よく頑張ったと思う。
親としては 心配がない訳ではない。いつも気になっている。

何より元気であったこと。健康は老人ばかりではなく若い人も絶対大事なことだ。
支えてくれたMくん初め多くの方々があっての事。親は何一つ出来てはいない。
我が家は 夫が許してくれたからだけど私も好きなことをずっと続けてきた。子供にも進む道は自分で決めることにしていた。高校生の時の目標とは全く違うものになったが自分で考え自分で歩んでいくことが一番かと思っている。

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6日の航空自衛隊奈良基地60周年のイベントの日は前日の事前飛行訓練の日のような青空ではなかったが 平城宮祉には今まで見たこともないほど大勢の人で埋まった。

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動画も撮ったが 前日の素晴らしさを見ているので 曇り空は感動が少なく良い動画とは言えないのは残念である。
これが「秋」というものかもしれない。

その後は寒さが募り いよいよ冬の到来を思わせる。

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こんな時、実家の墓終いをすることになった。
来年の事かと思っていたが お寺の都合らしいが急な知らせであった。
生駒山系の信貴山にあり ご先祖様、祖父母、両親、弟夫婦の水子のお墓を永代供養にする。弟には嫁いだ娘が一人いるだけで 元気なうちに子供の世話にならないようにしたいという弟の意思に従った。
お墓からはあべのハルカスを含む大阪平野が見える。この景色ともお別れかと思うと一抹の寂しさがある。

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今年は夫の妹、私の姉夫婦の3人が亡くなり 喪中のハガキを準備した。
そろそろお知り合いから喪中葉書が舞い込むようになったので我が家も投函すことにした。

それでも年賀状を下さる方があれば寒中見舞いかご挨拶状をと準備をした。


年賀状が来ないお正月は寂しいなぁ






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by souu-3 | 2016-11-09 14:18 | 雑記

本願寺さん

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東西の本願寺へ。
浄土真宗本願寺派の本山である西本願寺。その御影堂門は 先に行った龍谷ミュージアムの前にあり そこで皆さんと合流し僧侶による説明を聞きながら御影堂・阿弥陀堂などを案内された。
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平成の大修理が完成し如何しても立派な建物に目が行きがちであるが「逆さ銀杏」と言われ 火災があった時、水を噴き出して消したという伝説がある樹齢400年の銀杏の木、普通 どんどん天に向かって高くなるが 横に張り出した立派な樹である。
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足元も見るようにということで・・・
その一つは他のブログに入れた埋め木

もうひとつは御影堂の前にある天水を支えてる天邪鬼

天の邪鬼は、ひねくれた神 のことで、よく寺院などで見かけるが、仁王さんや四天王に踏みつけられた小さな鬼。
仏教では天の邪鬼は人間の煩悩の象徴だとか。この天の邪鬼は1636年 (寛永13年) からずっとこの天水受けを支え続けているそうだ。 

埋め木もだが 天水受けと天の邪鬼の組み合わせも、昔の職人さんの遊び心だという。

この日、案内して下さった僧侶は気さくな方で みんなの質問にも答えて下さった。

予ねてより気になっていた「亡くなった人がお墓に居るのかお仏壇に居るのか?」
どちらにも居ないという返事だった。この宇宙?この辺りに居るという。
「千の風になって」なのだろうか?
私のようにジッとしていない者は そうかもしれないがユックリのんびりしていたい人は如何なのだろう?
益々判らなくなってきた。お仏壇にお供えし お墓参りに行くのは何故?

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東本願寺へ 徒歩で移動。
西本願寺の正式名称は「本願寺」
東本願寺の正式名称は「真宗本廟」真宗大谷派から離脱した財団法人本願寺維持財団理事長の大谷暢順とその長男・光輪らにより設立したそうだ。

この移動途中に「本願寺伝堂院」があった。
d0330311_1123358.jpg明治45年竣工された建物で ドーム屋根のある八角堂は 町屋建築が並ぶ町並みの中にあって目を引くものである。

浄土真宗の信徒保険会社として建設され、その後、銀行、事務所、研究所、診療所と時代ともに用途を変え、現在は研修所として使われている。と、説明されている。
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その建物の周りに 翼を持つ象や獅子など,空想上の動物・怪獣の像をのせた車止めの石柱が並んでいる。
どうやら22体あるらしい。重要文化財だから、と断りの札(立派な説明板ではない)が掛かっていた。

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京都駅へ戻ると もうクリスマスツリーが聳え立っていた。
今年も後2か月を切った。

【追加】
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5日の事前訓練は真っ青な空だったのに 本番の日は平城宮址まで行ったのに この空の色 "(-""-)"





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by souu-3 | 2016-11-06 06:03 | 大阪・京都

受け継がれる美とこころ

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9月から始まっている「浄土真宗と本願寺の名宝1-受け継がれる美とこころ」
中でも~三十六人家集と都を彩る美~を見るため 丁度昔、勤めていた会社のOB会で組織するKSS会(関西史蹟散策会)の催しに合わせ 集合時間の前に 会場である龍谷ミュージアムへ出かけた。

d0330311_206265.jpg三十六人家集は藤原公任が奈良・平安時代の歌仙三十六人の詠歌を一人ごとにまとめた家集として編集したものである。
現存する最も古いのは西本願寺に蔵する本で 料紙の素晴らしさと優麗な筆跡は絶妙である。
印刷されたものは所持しているが 実物が見られることは稀で 偶に出展されると何処までも追いかけたくなる。
西本願寺本は 平安末・鳥羽天皇の時代(1107~23)のものと考えられている。
染紙、墨流し、隅ぼかし、雲母の型紋様を刷り出した唐紙に金泥・銀泥や雲母等で下絵や模様など装飾を施し 破れ継も見事である。
d0330311_2022497.jpg筆者は 書風から二十人ばかりに及ぶとされているが 藤原定美・藤原定信・承香殿女御藤原道子等と思われている。

会期中 2帖ずつ展示される。
元真集、小町集、家持集、忠見集、敦忠集が展示されるが 中でも忠見集の「おくればなにのみにかなるべき・・・」のページを観たいと思っていたが この日は忠見集は「むめのはな はるまちわびてさきにけり・・・」の部分であった。ここも良いけれど 目的にはいき合わなかった。もう1帖は家持集の「こそみてし秋の月よはてらせども・・・」
6日~7日ごとにページは替えられるようだ。
2009年に飛雲閣の一般公開を見に行った時のことは ここに

この後、昼食を挟んで
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平成の大修理を終えた東西の本願寺を尋ねた。





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by souu-3 | 2016-11-03 05:50 | 書道
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一瞬のきらめきを求めて


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