玉響記=たまゆらのき=

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対談

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福井へ行った。
このところ、リクの調子が芳しくないので前日の夜まで迷っていたが 主人の一声「行ったら良いがな」に背中を押され出かけた。
福井へは何度も行かせてもらったが何年ぶりだろう?駅前の恐竜はTVなどで見ているが以前は無かった。これを見て、「あ!あのホテルに泊まった」「あの病院へ行った」何時だったか泊りでの漢字普及の仕事の時、体調が悪くなったことがあった。そんなことを思い出しながら会場と反対の方に歩いてしまった。

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急いで戻り開場時間の少し前に到着。
白川先生のご長女・史さんと時代小説作家宮城谷昌光氏の対談と元NHKアナウンサー加賀美幸子さんが聞き手となり朗読もされた。~写真撮影はご遠慮下さいと言われたように思うのに撮影した(#^.^#)~
前半は白川先生の著書「漢字・生い立ちとその背景」あとがきの部分を朗読され 先生のご自宅でのご様子などが話された。
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十代の半ばまでに詩経とは出会い、同時に万葉の研究をする内に漢字をひも解く必要があったことなど これらに関することを深く深く研究されたことが窺えた。
甲骨文字をトレースされていたことは知っていたが その数の多さ。我々が書の臨書をする数とは比べられないほどである。
何事も継続が大切。こつこつと努力された様子が判る。
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⇒ 史さんが ご自分に名付けられた「史」の字について説明された。
祝祷を収める器である口(さい)を木に著けて捧げ、神に祝告して祭る意で 祭祀を意味する字であったことは最初から話されたのでなく徐々に教えられたと。以前、史さんから聞いたのは 誕生日が23日だから「ふみ」と。その後に本来の意味を教えられたということだった。

加賀美アナウンサーもご自分の名前「幸」はしあわせで良い字だと思っていたのに
d0330311_619093.png両手にはめる刑罰の道具である。と知ったときは驚いたと言われていた。手かせだけの刑罰で済むのは「さいわい」だという。
私の名前に付く「眞」も行き倒れの形だと聞いたときはショックだった。でも、これらを良い解釈に持って行くのが白川説かな?

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先生のノートには白川の白〔頭顱(とうろ)の形で、その白骨化したもの、されこうべ。雨露にさらされて白くなるので、白色の意となる=字通より)の甲骨文字一字が書かれていた。その中身には綿密に多くの事が書かれていたと ホンの一部分であるが披露された。

後半は宮城谷氏の「沈黙の王」
暫く読んでいなかったのですっかり忘れていたが出かける前 本箱から取り出し往きの列車で読みながら福井まで行ったが その本が偶然に 沈黙の王だった。
読んだばかりの本が朗読され 親しみが持てたのはラッキーだったかもしれない。

のちに高宗武丁となった子昭に、幼児のころから言語障害があったという伝承。
武丁は甲骨文字の時代の王である。
「文字をつくった王」と帯に謳っていたらしいが 何故か帯は紛失していた。
子昭は商の国に戻るが小乙はすでに死んでいて、子昭がそのあとを継ぎ、武丁を名のった。武丁は人が喋るだけで消えてしまうのではない言葉「目に見える言葉」をつくろうと決意した。武丁は百官の部下に「文字」づくりを命じ、貞人がその役目をした。『高宗武丁の言葉は、いまだに甲骨文でみることができるのである』と、とても感動的な締めくくりになっている。
著者は「小説です」とは言われたが作家の博識には驚かされる。

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この会場は「AOSSA」という。「会おうさ」という方言からきているという。
この名前を聞いたとき、わが市にも この名前のレストランがある、と。福井のソースかつ丼とお蕎麦を供する店であった。過去形に書いているのは 嘗てあったからで今は閉店している。が、この通り看板は今もある。






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by souu-3 | 2016-10-31 06:14 | 文字の成り立ち・漢字 | Comments(14)

白川静先生

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福井県には「ふるさとの日」というのが2月7日にあります。福井県が誕生した日だそうです。
今から13年前の2003年福井県出身の白川静先生が表彰され記念の講演会を催されました。

今頃、何を?とお思いでしょう。
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こちらの写真は2006年9月16日 京都市総合教育センターでの講座の時です。

そうなんです。
この年の10月30日に亡くなられたのです。あれから丁度10年。
最後の講座でしたが いつも2時間の講話では立ちっぱなしで大きなお声でお話しされるのです。
この日は座っての話でした。

d0330311_16204147.jpg平成9年(1997年)に文字文化研究所の所長・理事長に就任され平成11年(1999年)より「文字講話」が始まり24回続きました。
この文字講話で多くの事を学びました。

⇦ 平成16年(2004年)に文化勲章を受章され 翌年3月福井市名誉市民、同年10月に京都市名誉市民の称号を贈呈されました。
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平成15年(2003年)に 17名の仲間と共に漢字普及講師に認定されました。

沢山の思い出を作っていただいた先生との出会いを作っていただいた I さんをはじめ多くの方々のお世話になった割には 活動も出来てはいませんが 命がある限り出来る範囲で頑張りたいとは思っています。

明日29日 福井では「白川静博士没後十年記念フォーラム」が開催されます。









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by souu-3 | 2016-10-28 05:45 | 文字の成り立ち・漢字 | Comments(8)

大盂鼎

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西周の金文を読み解く講習会に出席した。今更と思われそうだが大盂鼎の中に書かれている この文章は書道をやるものにとって読めなければならないものだとは思うが つい、素通りしたくなる。
こういう機会があってこそ難しい文字も判り内容もある程度理解出来る。
例によって又忘れるのだろうけれど知った上で忘れるのと初めから知らないのでは違うだろうと思う。
今まで この鼎との接し方は作品を書くために文字を集字する程度だった。
何年 書道をやっているのかと言われそうだが・・・

ここに出席される人は関心のある人ばかりだとは思うが 同じ学校の同窓生(私はよそ者だが)の催しである。中には楽しい人が居て 全く知らない者とも仲良く接して下さる。
d0330311_16564100.jpg会場の近くにお住いの人が 「トネリコの木 要るか?」と、いや「トリネコの木」と確か言われ大きな立派な花ではないが咲くということだったので何気なく「はい」という感じだった。
そこで3人がご自宅まで付いて行くことになり おまけにお家まで上がり込んでお茶まで頂いた。
急な厚かましい客を3人も連れて来られたのに 奥さまも気持ちよく招き入れて下さった。

そこで頂いたのが この木。⇦ 成長も早く大きくなるそうだから小さめのを戴いた。
名前もアヤフヤだったので検索すると どうやらトネリコで「樹皮に付着しているイボタロウムシが分泌する蝋物質があり・・・」
え?イボタロウムシ!去年、年賀状を加工する時に使ったイボタ蝋だ。
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こんなところで 繋がりがあるとは!
急に昨年の事が蘇った
動きの悪くなった敷居の溝にこの白蝋を塗って滑りを良くすることから「戸に塗る木」とされたのが転訛して「トネリコ」と発音されるようになったものと考えられているそうだ。

この日、会場へ行く前
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大阪で こんなことをやってるよ。と誘っていただきランチを楽しんだ。
500円ランチパスポート。期間はあるがお安く食事が出来、お喋りも出来た。
思いがけない良い時間だった。





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by souu-3 | 2016-10-25 06:15 | 文字の成り立ち・漢字 | Comments(8)

近ごろ=輓近=

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先日、ならまちの筆屋さんで購入した固い筆で書いてみた。
「熙・キ」
巸の部分は婦人が授乳している形だというが これは女性にとって幸せなとき、喜びだ。それに烈火が付き和楽、和平である。
和楽=みんながなごやかに楽しむ。良い言葉でしょ。

実は この筆で力強く大きな文字を書きたい。破筆を楽しもうと思って買った これから又書く文字を考え作品にするつもりである。
手始めに小さいものを書いたが 破筆になるよう紙も凸凹のある手漉きのものの裏を使ってみた。この漢字の意味のように和やかではない。

和やか・・いや心穏やかでない昨今である。
これは天候が 大いに関係している。暑過ぎた夏、長雨・・・
野菜が高騰している。
TVで見る限り 高いのは判るが軽い軽いレタスが400円、ほうれん草など葉ものが高い!白菜は1/4にカットされたものばかり並んでいるが これって小さくない?
ある程度売れる値段にするには こうするしかないのだろう。生産者もタイヘンなら商売人も大変だろう。
でも、消費者も辛い!健康を考え毎食 野菜を欠かさず多めにと考えるとねぇ~

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d0330311_16563496.jpg今朝、この赤い花が咲いた。
この花には名札を付けているが 何故かいくつも付けていて ドレなのか?
「ネリネ」「リコリス」「ダイヤモンドリリー」
検索しても もひとつハッキリしない。
野生の彼岸花を含めて、彼岸花類を総称して園芸上ではリコリスと呼んでいるらしい。
このリコリスの球根も沢山の色と形のものがある。
数年前、購入し名札を付けたのだろうけれど 消えてしまっては書き直したり増やしたりしたのか 時間が経つと忘れてしまう。その内、頭の中がゴッチャになる。これをボケというのだろうか?
だんだん 自信がなくなる。あ~ぁ!!






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by souu-3 | 2016-10-22 05:41 | 書道 | Comments(16)

古都祝奈良 Ⅱ

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「古都祝奈良」は9月から始まり いよいよ終盤を迎えている。

9月13日に載せた春日大社での「まだ かみさまがいたるところにいたころの ものがたり」や西大寺、 前回の記事の大安寺など 大規模なものが作られている。

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ならまちにも数か所あり、公納堂町の路地奥に作られている「人間の家」と題され、古着を集めて住民と共に制作されたパッチワークの家がある。

d0330311_15254786.jpgここは いつも行く筆屋さんのすぐ近くだが江戸時代から呉服商を営まれていた跡地だとか。
期間中、台風で壊れたようだが復活された。

この古着からパッチワークにするとき、取り除かれた釦を ⇦ 雨に見立てて鎮宅霊符神社に展示されている。霊符神社は 笑顔の狛犬がいる神社だ。
「ボタン/雨」
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イメージでは こんな感じ。⇑(パンフレットより)
この神社は 我が子(犬)の かかりつけ獣医さんのすぐ近くで 公納堂の会場へ行く途中である。

これらの催しは23日まで。





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by souu-3 | 2016-10-19 05:55 | 奈良 | Comments(18)

公民館まつり

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16日、1日だけの展覧会、公民館まつりに出品した「発泡スチロール刻字」作品。
甲骨文字や篆書体、隷書体、草書体、行書体の1文字から4文字程度の作品である。
発泡スチロールは粗いので余り細かい文字は書き難いのと練習しておくとは言え 一発勝負のようなものだから 字数の多い作品を好まない人が多い。

この作品の他、例年通り軸や額の作品も展示している。

そして
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出前授業で皆さんが教えた小学生の作品。
墨で書いた甲骨文字を並べた後に色付きの文字などを賑やかに並べられ 文字が沈んでしまったように思ったが 写真に撮るとそうでもなく面白い作品になったと思う。
これは子供たちが楽しんで描いたようだ。

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学校での授業では見たままが漢字となった象形文字の他、会意文字も書いたので会意文字にも親しんでもらいたいと 誰も知っている文字で飛び出すカードを作ってみた。
「木」を並べ「林」になり 更に飛び出す「木」を組み合わせて「森」となるように作成した。
他に「好」など。そして、
d0330311_635482.png左右の足跡の形と阝(神梯)を組み合わせて「陟」チョクと読み「のぼる」こと。
d0330311_20325423.png「降」は この足跡を逆さまにした形と阝(神梯)を組み合わせた形。
左右の足跡を交互に動かすと「歩」となることは何度か書いた。
左足の足あと止+右足のあしあと少、左右の足あとを連ねて歩行の意。
陟と降は 足跡の形を変えて こんな風に漢字を作った。
これが古代の人の漢字の作り方だったのだ。

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ご近所さんが大安寺へ行かれたと その すぐ傍にある『大安寺伽藍絵図』に描かれているという推古天皇社の写真と奈良大芸術祭参加作品「足場の塔」の写真を送って下さった。
そう遠くない場所で色んな催しが開催されているが中々行けない。





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by souu-3 | 2016-10-16 06:17 | 文字の成り立ち・漢字 | Comments(6)

おー!TAKARAZUKA !!

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亡き姉たちの納骨も済ませ 家の片づけをしている。
棚にあった両親の写真にはお茶やお菓子を供えていた。そのまま業者の手でゴミとして捨てられるのは忍びない。額から出して写真だけ持ち帰ることにしようすると・・・ その裏にこんな ↑ 写真が出てきた。
姉が大好きだったよっちゃん(春日野八千代)の写真、マッちゃん(寿美花代)テーリー(明石照子)ノロちゃん(南風洋子)そしてネコちゃん(有馬稲子)
長谷川一夫に「ヨッチャンの源氏には負けた」と言わせたといわれる春日野八千代の光源氏の写真にサインを貰ってあるが そんなこともあったのだ。
知らなかった!

私が姉に連れられて初めて宝塚へ行ったのも春日野八千代、音羽信子主演の「ホフマン物語」だった。

姉の子供たちより古い付き合いであるから 思い出すことは大昔!一つずつ見ると我が家の荷物が増えるので 
見ない!見ない!!

全く見ないでおこうと心に決めていたが 我が家に関係のあるものが出てきて姪たちに「如何する?」と言われると ほっては置けない。
二人での生活が終わるということは何も必要なくなる。
片づけなければ 教えられた気分である。


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姉の家に行くとき、当駅でお相撲さんに出会った。
d0330311_9554957.jpg顔を見ても 何という力士か判らない。
声を掛けて聞くのもなぁ

電車が近づいてきて立たれたので 隠し撮り。
それを ここに載せるって 如何なのよ!?
浴衣には「豪栄道」と書かれていた。
同じ部屋の人か付き人か?

そういえば
豪栄道に 大阪府から「感動大阪大賞」が贈られたそうだ。
9月場所で大阪府出身力士として86年ぶりに全勝で幕内優勝したんだものね。

刻は巡り 色んな事が過去の事になる。
ちょっぴりおセンチになる「秋」だ。





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by souu-3 | 2016-10-13 10:05 | 雑記 | Comments(18)

10月10日

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10月10日といえば東京オリンピックと思うのは きっと古い人間だけだろう。1964年オリンピックの開会式の日だった。
あの日も真っ青な空だった。今年の空も秋らしくなり太陽の上る位置が随分変わったことを窺わせる。

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年末まで後82日。昨日まで暑いとさえ思っていたのに 急に涼しいを通り越して寒くなった。
朝から掃除をして炬燵布団を敷き 薄い炬燵掛けを掛けた。二匹は大喜び。

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眉刷毛万年青が 久しぶりに咲きかけている。
d0330311_1959957.jpgd0330311_19593258.jpg開くと左の花のようになる。
白と赤があるらしいが 我が家のは白だけ。
写真は昨年、天王寺公園で販売していたものだが 写真を撮っただけで購入出来なかった。
この名前のように眉に必要な刷毛は こんな形なのだろうか?
化粧に関しては詳しくないが 頬刷毛にした方が良いような形ではないかと思うが。

先日、新聞を読んでいるとエレベーター内の鏡のことが出ていた。
何故 取り付けられているのか?

More (答え)
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by souu-3 | 2016-10-10 06:19 | 雑記 | Comments(16)

3連休に

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今頃になって ホテイアオイが沢山の花を咲かせている。

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夕顔までが頑張っている。
が、日暮れが早くなり夕方、咲くころには暗くなり朝になれば萎れてしまう。
鑑賞する間がない。最も、これは忘れていた種が出てきたのが遅かった。ダメだろうと思いながら蒔いておいたものなので 花が悪いのではない。全て私の所為なのだ。

明日から グループ展を開催!
2点の作品の内 1点は先日載せたが 例年、翌年の十二支を作品にしている。
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こちらは 酉年生まれの坂村真民さんの詩「鳥になります」を横書きに書いた。
真民さんは9回目の酉年を迎えた翌年2006年12月に亡くなっている。
このグループ展は搬入当日 持ち寄るのでどんな大きさの作品が 何点集まるか判らない。
今回は19回目であるが みな最初から19才 高齢になったのであるから大きな作品を持参するのはタイヘン!小さめの作品が集まり 際になって不出品者が出たり・・・
展示すると少々寂しい、
経費も節約で 添え花も数年前から止めているが 庭に出てきたススキでも持って行こう。

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このところ、ブログの調子がおかしい!
今日は特に動きが遅く イライラしていると どこを押してしまったのか文字が小さくなり 見え難い。
元に戻そうと 検索したりあれこれ遣ってみるが 大きくならなくっても良いものが大きくなり肝心のところが上手くいかない。
”どうしたもんじゃろなぁ”

【追加】
動きは自然に?どこかの誰かが直して下さったのかもしれない、普通になった。文字の大きさは検索して ネット上はCTRLキーを押したまま「0」を押すと大きくなった。他のアイコンなどが大きくなり過ぎたのはディスプレイのカスタマイズを通常100%を125%に上げてみたからで元に戻すと見慣れた画面になった。
ヤレヤレ!判らんことだらけ。






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by souu-3 | 2016-10-07 22:19 | 書道 | Comments(4)

ミラーボーラー光のインスタレーション

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十五夜の宴や光明真言土砂加持供養が奈良の西大寺で行われるのに併せて 1952年の映画「大仏様と子供たち」が上映されるというお誘いをいただいた。
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西大寺は創建当初は、平城京右京1条3・4坊に位置し、東西11町・南北7町、総計31町歩(約48ヘクタール)という広大な境域だった(HPより)が現在の寺域は約1万坪弱とは申せ大茶盛や豆まきの時に行っただけで ホンの入り口程度しか知らず 今回映画を上映された興生殿は奥まった場所だった。
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到着した時、ミラーボーラーは こんな感じだったが・・・
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映画終了後は 真っ暗な中に 美しく輝いていた。
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映画「大仏さまと子供たち」は
戦災をまぬがれて残る古仏・古美術の美しさを味うために、それと子供たちの交流が中心に描かれたセミ・ドキュメンタリー作品。

戦災をうけなかった奈良に集って来た浮浪児のうち、豊太と源治とは奈良にある各寺院の案内人の説明を覚えて、観光客の多いときには案内人の手伝いをして生活していた。
現在とは違った当時の風景がモノクロではあるが興味深く記録に留めたい素晴らしい映画だった。
当時は奈良の住民ではなかったので 詳しいことは判らないが自然のままで哀愁さえ感じる。
登場人物のひとり落選彫刻家といわれる人が、東京に戻ることになり、「今夜の大和で東京へ」という場面があった。夜行の急行「大和」は、1950年から東京~湊町間に運行されていた。私も これに乗って東京へ行ったことがある。
あの日、羽田沖で飛行機の墜落事故があった。事故機の上を飛び立ち 札幌雪祭りに行ったことが蘇る。







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by souu-3 | 2016-10-04 06:11 | 奈良 | Comments(8)
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一瞬のきらめきを求めて


by souu-3
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