玉響記=たまゆらのき=

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こわくてゆかいな漢字

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いつも通る道に面した家の庭に 柏葉紫陽花が咲く所が何軒かある。
中でも 一段と立派に咲かせている家があり 自転車で通る時 横目で見るだけであるが。この日はカメラを持っていたことを思い出し 止めて撮らせてもらった。
花泥棒が居るらしく 切り取っていく人があると言われていた。
今を盛りに咲き誇っている。

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漢字の友達である張莉さんが 二玄社から「こわくてゆかいな漢字」を出すと言う。
6月10日上梓するからと メールが来た。
漢字の故郷、中国から留学した才媛が 白川静、阿辻哲次の両大家に学んだ漢字學の知識を元にして書いた漢字をめぐるエッセイ集。
10日が待ち遠しい。

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27日の日経夕刊に こんな記事があった。
書道ブームと言われた頃もあったが 書くから打つになって久しい。
そんな時期が また、見直されるようになったのだろうか。

今年も地元の小学校へ出前授業に出かける。
公民館と小学校の交流でもあり お互いの勉強でもある。
去年は動物の甲骨文字を書かせたが 今年は自然の中から誕生した主として象形文字を。宇宙に広がる漢字を含め書くことにした。
一人でも多く 手書きの楽しさを知ってもらいたい。







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by souu-3 | 2016-05-28 06:01 | 文字の成り立ち・漢字

爽やかな筈の5月なのに・・・・

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初夏といえる季節だ。
でも
この陽射し、この温度は真夏としか言いようがない。

この辺りではまだ田植えの準備真っ最中。
これから梅雨も越え・・・
それからの筈なのに 
真夏日がやってきた。

d0330311_9401212.jpgもう、夏を迎えるのは無理になってきた姉の為に 太陽はこんなに照り付けるんだよ、と呼びかけているのだろうか?

家の前の緑地は草ボウボウになった。
今朝は草刈り機の音が唸っている。
 
キレイにしてくれるんだ!

さっぱりすれば少しは涼しく感じるだろうか。

気分もサッパリ出来れば良いのだが・・・

今年は2月に義妹が
3月には義兄が・・・

あのとき
頑張り過ぎた姉は
今、病魔と闘っている。
自分の病気のことに気もつかず

精一杯
老骨に鞭打って
病院に通い詰めて

やせ細った身体の快復もなく

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これから咲こうと言う紫陽花が こんなにガンバっているのに



生きていてほしい!






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by souu-3 | 2016-05-25 05:18 | 雑記

シルバー書道展

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昨日の夕方 真っ赤な太陽が西に沈みました。
真っ赤!だったのに 写真は白く撮れるのです。設定を替えてみたり・・・カメラを替えたり。
そんなことをしている内に山の向うへ沈んでしまいました。
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NHKの「ブラタモリ」という番組が好きなんです。
今回はサミットの開催地・志摩半島でした。関西の人間にとって、いやそうでない人も馴染の地ですよね。
開催は26,27日ですが 21日から近鉄電車も鵜方~賢島間が運休になりました。この日鶴橋駅で電車を待っていると 賢島行きの特急が入ってきました。電光掲示板も賢島行きになってはいますが アナウンスが鵜方までと放送されていました。
急に表示板は作れませんものね。大阪へ行っても奈良でも警備の人が増え何だか物々しい雰囲気です。
志摩スペイン村パルケエスパーニャも臨時休園らしい。

さて、タイトルのことが最後になりました。
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毎年、各地で開催される「シルバー書道展」も28回目。
粗、毎年出品していますが有資格者(65才以上)も随分増えたように思います 最初の頃出品されていた方は(当時は60歳以上)88才以上になられているでしょうから出品されなくなっています。
過去には他府県ですが最高齢者は105才の方もいらっしゃったらしい。
書道は高齢になっても楽しめるものですね。






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by souu-3 | 2016-05-22 03:31 | 書道

作品集

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いつの間にか「デパートの中元商戦」がスタートした。関西では伊勢志摩サミットに因んだ商品が並んでいるそうだ。

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PCを初めて2年ほど経った頃だっただろうか自分だけの作品集「雪月花」を作った。
昔は作品の写真は撮っていなかったので展覧会の作品図録からスキャナーで取り込んだり 当時としては頑張って纏めた。
あれから15年!
又また作品が溜まってきた。その後の作品は粗、カメラに収めている。
毎年の展覧会ごとにプリントし冊子に纏めておくと 去年はどんなものを書いたか判る。
会の展覧会は2尺×8尺か4尺×4尺の作品だ。即ち50㎝×225㎝又は110㎝×110㎝ 戦地に直すと違って感じるが 2×8=16平方尺 4×4=16平方尺 同じサイズの作品と見なされる。
字数が多い作品を書いた翌年は大きな字を書くようにしている。

数年前から公募展は止めた。が、幾つかの展覧会用作品以外にグループ展、公民館での発表会がある。
今しばらく書き続けたい。
これからも増える事だろうから 完成品にしないで続けることが出来る。
さて、何時まで楽しむことが出来るだろうか?






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by souu-3 | 2016-05-19 06:17 | 書道

イノシシ

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先日、京都の某ホテルにて総会があり 珍しく時間に余裕があったので地下鉄を降りてブラブラ歩いていると菅原院天満宮神社があった。道真公が生れた地だという。
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菅原道真公だから ここには牛があった。

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暫く進むと護王神社があり ここは猪の神社。
京都に都を作ったといわれる和気清麻呂を祀る神社だ。
1枚目の写真は狛イノシシ!和気清麻呂公が都より宇佐へ向かう途中災害に遭われた際、猪がお護りしたという。
ここには鼻を撫でると幸せになる幸運の霊猪といわれる手水舎や願懸け猪、座立亥串などもある。
d0330311_1420351.jpgお札などには足腰を護るものが沢山あった。

その中に イノシシの起き上がりこぼし、起き上がり猪というか?
カワイイ!と
購入したが よ~~く考えて見ると
立ち上がってほしい人が周りに居る。
他人事でなく自分がしっかりしなければいけないが・・・

とある方への細やかなプレゼントに。
また、姉も頑張ってほしいので
プレゼント!

願いを込めて。








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by souu-3 | 2016-05-16 14:49 | 大阪・京都

13日の金曜日

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13日の金曜日でも この朝日を見ていると今日も無事に過ごせるような気持ちになる。

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今月15日がアイの誕生日  13才!

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15日も14日も予定があり 13日は公民館のお稽古。
ちょっと早めにお祝いを!また元気でいてね。

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犬嫌いの方は見たくもない写真でしょう。
我が家の子たちは寝起きを共にし 多分この子達も自分が犬だとは思っていないだろう。
だから、災害があると・・・
困るなぁ (;一_一)


=サミット=

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伊勢志摩サミットの開催が近づき 近鉄も21日から28日までの鵜方~賢島間が運休になるらしい。
行きたい訳ではないので関係ないけれどたいへんなんだなぁ

郵便を出しに行ったら こんな切手が発売されていた。







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by souu-3 | 2016-05-13 06:23 | ペット

参加型展覧会

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変わり易いお天気も降り出すとよ~く降る。

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芍薬も紫つゆ草もたっぷり雨を含んでいる。

こんな日の 出稽古はちょっと辛い。前回約束の物は持参しなければならないが出来るだけ荷物を少なく纏めて 背中に背負って出かける。

次回の展覧会(大阪市立美術館)は会期まで私の用事はない。案内ハガキを出せば良いだけだが 毎年の事ついついズボラして手許にハガキが残っている。
その次の展覧会(八尾プリズムホール)の準備に取り掛かってはいるが 今回のテーマは「動」
それに関連した詩など書くだけでは面白くない!?作品を動かしてみたい。書の場合、見る人も静かに鑑賞するだけ。これって面白いかな?
と、いって電気仕掛けで動かすのも・・・ネ!
それなら鑑賞者に手伝ってもらおうか?
又また 可笑しなこと考えてる!
展覧会も その中に自分が入り込み参加出来ると楽しいと思う。

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書いたものを動かすって抵抗あるかな?動かしたものが元の位置に戻ってこないと一々作品の横にくっ付いている訳にはいかない。
引っぱっても こんなものを使って元の位置に戻るようにしておきたい。
吹き出しは如何だろう?でも、何人もの人が吹くと非衛生だし・・・

精々指先で押す程度でないと、って言ってくれた人がいる。
その程度のお手伝いならしていただけるかな?

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ラップなどの芯でシーソーのようにすると・・・
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この字は「足跡」の形。これを左、右と交互に動かすと「歩」という字になる。
漢字は こんな単純な考えで出来ていることが多い。難しく考える必要はない。
 
普通、左右の足を交互に動かすと前に進む。
これで今回のテーマ「動」にならないだろうか?

なるでしょ!
って無理やりかな?

会場へお越しの節は 是非遊んでいっていただきたい。


と、考えていると
こんなことをしている所がある。
NHKのまちかど情報室で放映していた。
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数年前から「漢字のまち」として活動しているらしい。
行ってみたい!TVを見た時から そう思ったが何処なのか聞き洩らした。
後で検索すると福島県だという。行くにはちょっと遠い。

これは先を越された感ありだが 真似でなく面白い事を考えたい。






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by souu-3 | 2016-05-10 05:44 | 書道

真田丸 2

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大阪冬の陣から400年。戦場となった地には 鵲森之宮神社、玉造稲荷神社、三光神社などがある。

鵲森之宮神社

上古難波の杜と云った推古天皇の御代に難波の吉士磐金(きしいわかね)が新羅より還り鵲2羽を献上したことにより鵲の森と称した。
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鵲之渡瀬瑠橋迩置久霜乃 白気乎見者夜曾更仁来
(鵲の わたせる橋に 置く霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける・大伴家持)

年に一度 牽牛と織女の二星が逢う時 天の河にかささぎの群が 翼を広げ橋を架け織女を渡すという中国の故事によると、されている。

しかし、

神社の説明に寄れば この歌は七夕でなく冬の歌で 嘗て神社の東側に流れ込んでいた天野川にかかる鵲の橋を歌ったものだと書かれている。


玉造稲荷神社
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古代の大阪は 瀬戸内海の陥没地帯の東端だったので台地に住居は散在していた 4世紀ごろ上町台地にわが国最初の都城が築かれたという。
古代には勾玉を作っていたようで 地名もそのことに由来する。
この碑の「玉造」は後から貼ってあるが元々「府社」となっていた、旧制度の社格の一つで府から幣帛(へいはく)を供進した神社だった。社格が外れたので玉造稲荷神社となったそうだ。

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大坂城の玉造門(現・大阪市中央区玉造1丁目)が黒塗りの門であった事から、この門を別名黒門と呼び、江戸時代この黒門付近で作られ名産となった瓜の事を「玉造黒門しろうり」という。実は最も長く大きい、濃緑色で八~九条の白色の縦縞があり、糟漬けにしておいしかった事から浪花名産の一つとされた。

この神社内には「秋田實笑魂碑」がある。

漫才作家・秋田實をしのぶ碑で 「笑いを大切に。怒ってよくなるものは猫の背中の曲線だけ」と秋田實の言葉が刻まれ、もう一つの自然石の碑には秋田實の辞世の句 「渡り来て うき世の橋を 眺むれば さても危うく 過ぎしものかな」が刻まれている。

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秋田實は神社近くに生まれ子供の頃最も親しんだ遊び場だった。神社の夏祭にも楽しい思い出がいっぱい詰まっていたようだ。
玉造界隈は、その昔寄席があり、漫才師、芸能人が多く住んでいた。 昭和52年(1977年)10月秋田實が亡くなって、演芸評論家の吉田留三郎氏を中心にミヤコ蝶々、夢路いとし・喜味こいし、秋田Aスケ・Bスケといった上方漫才師の間で「秋田さんの記念碑を・・・」という機運が盛り上がった、秋田實にとって安住の地にちがいないという事から、玉造稲荷神社が選ばれた。
「上方芸能」で長く連載された秋田實の絶筆「オチの研究」に和多田勝が「オチの周辺」を加え『オチの表情』が刊行された。この日、この和多田勝さんの弟さんと本の話をしながら歩いた。この御兄弟は5代目松鶴の孫で 6代目笑福亭松鶴の甥にあたる。 お兄さんはTVなどにも出演されていたので私も覚えているが 1994年に亡くなっている。短い人生だったがきっと凝縮された一生だったのだろう。

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三光神社

大阪城東南の丘陵真田山に鎮座し昔は姫山神社と称したが、真田山の三光の名称の方がよく知られ今では三光神社となった。
境内には 真田丸(場所は5/1に)から大阪城へ続くといわれる 真田の抜け穴があり 脇には采配を振るう幸村の銅像が建っている。
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この抜け穴の中は 如何なっているのか覗いてみたが 真っ暗で何も見えなかった。
慶長19年(1614年)大坂冬の陣では 真田幸村は、手薄な城南へ徳川方が一斉に進攻する事を察知して、わずか一ヶ月余りで偃月城(真田丸)と呼ばれる砦を設け、大坂城から砦まで通じる地下の暗道(抜け穴)を作ったと言い伝えられている。鉄砲隊を配置した真田軍が大勝し、その勇名を轟かせた。
そして
大坂夏の陣、3度の突撃で、本陣の旗は倒され、多勢に無勢、真田軍は押し戻され、幸村も安居神社に落ち延び、この地で最後を迎えた。

      [おまけ]
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by souu-3 | 2016-05-07 05:46 | 大阪・京都

平城京天平祭

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吹く風も爽やかなゴールデンウイーク、3連休は例年通り 平城宮址では「天平祭」が開催されている。

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d0330311_5245575.jpgこの日の為に 随分早くから準備が進められ各担当者は大変!
私のようにお気楽ボランティアはたった1日しかお手伝いしない者もいるが この場所での設営も前日、前々日と準備され 案内が出されている
3日10時にはスタッフが揃っていなければならない。
天平行列、ゆかり風流行列、天平こども行列と日替わりでの行列の他に鷹狩り、寧波市梅山獅子舞、韓国仮面踊りがあり、期間中 衛士隊の再現、天平衣装体験、スタンプラリー、等々の催しがある。
そして「さくら茶会」はお茶席担当が畿央大学茶道部、奈良育英学園茶道部、婦人会館茶道教室と日替わりで 主菓子も奈良の和菓子屋・本家菊屋、萬春堂、花仙堂が、茶筅は奈良名産・高山の茶筅屋さんが提供されての催しである。
天気予報では3日の夕方から雨、4日も朝は雨の予報だったが会場まで自転車が一番便利なので突っ走った。16時半までではあるが リクのこともあり少し早めに失礼させてもらって夕食の買い物をし家に着く頃 ポツポツ?傘も必要ではない程度だったが夜には少々という降り方で翌日は先ず先ずのお天気である。
来場者も早めから、出足は好調。朝から結構混雑した。

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天平行列の後、「平城遷都之詔」の唱和があり、この風景はTVでも放映された。

ボランティアは交替で昼食にd0330311_6139.jpg
2年ほど前までは確かお弁当だったが このところ東市西市で適当に済ませる。
今回は鮎の塩焼きがあったので これとオムスビにした。
若向きのものは つい敬遠してしまう。
市は食べる物以外にも出店されているが48店 物作りが20余りで賑わっている。
d0330311_6111336.jpgスタッフは こんなTシャツを着用しているが主体で動いている人はピンク、そしてブルー、私のようにお気楽参加者は緑と色分けされているが 来場者には判らないだろうから 頼りないお気楽組にも声が掛かる。
俄かに仕入れた頭には判らない事が多く失礼なことだ。もっと徹底して何処で何時から始まるか知っておく必要はある。
朱雀門の開門式の時間など 聞かれてから調べていたら間に合わなくなる。

また、大極殿の前に
突如 出現した建造物d0330311_6212767.jpg





回廊の工事用の事務所や資材置き場を作っているのだと聞いたが「何故 こんな所に作るんだ!」という人もあった。
私たちに言われても困るが 初めて見た時「こりゃ何じゃ」と思ったけれど ここは国の管理場所、判らない事がイッパイ。


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2日 庭に出してみた温度計は34℃を指していた。
この3日間 こんなにならず穏やかであって欲しい。








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by souu-3 | 2016-05-04 06:30 | 奈良

真田丸 1

メイストーム(温帯低気圧の急速な発達により大風が吹く現象)だそうで 網走では吹雪 
関西では月曜日には30℃近くになるという予報。
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庭の芍薬も咲き出した。

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この芍薬の根はひとつ。上にピンクの花、下に黄色が咲いている。
これは ピンクの木に黄色の花を接ぎ木したらしいが 元のものが元気よく伸び花が沢山咲き出した。こうなる前に摘蕾するべきだったのではないだろうか。
ピンクの花を咲かせるのが目的ではないのだから 黄色が立派に沢山咲く為には思い切った手入れが必要だろう。

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今年も大河ドラマの舞台を見学するKSS会(昔、勤めていた会社のOB会で関西史蹟散策会)が九度山には行けないが大阪の真田幸村 所縁の地を歩いた。

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「玉造・幸村ロード」には 戦国武将・真田幸村や真田十勇士のパネル人形、真田家の家紋「六文銭」が描かれた真っ赤なのぼり旗が狭い通りにずらりと並ぶ。

JR玉造駅西側にある日之出通商店街への抜け道に当たる100メートルほどの横丁には30軒近いお店が並ぶ。飲食店が多く、夜遅くまでにぎわう通りらしい。
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この辺りも このところ休日ともなれば歴史ファンで賑わうようになった、 近くには幸村が築いた大坂城の出城「真田丸」があったと伝わる。

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慶長19年(1614年)真田信繁(幸村)は真田山に出城「真田丸」をつくり、徳川の大軍を相手に勝利をおさめた。
元和8年(1622)4月、心眼寺は白牟(はくむ)和尚が「真田丸」があった場所に幸村・大助父子の冥福を祈るために堂宇を建立した。幸村鎧掛けの松の木もあったようだが、昭和20年(1945)の大阪大空襲により堂宇ともども焼失し、後にこの辺りを真田山と呼ばれるようになった。
当時、真田父子は幕府の直轄地であったため、お墓は建立されなかったが 幸村400年忌に墓碑をここに建立したと説明書に書かれている。

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真田丸の跡地は 大阪明星学園の敷地内であることが明らかになったので 今年1月に「真田丸顕彰碑が建てられた。
            =つづく=






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by souu-3 | 2016-05-01 00:58 | 大阪・京都
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一瞬のきらめきを求めて


by souu-3
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