玉響記=たまゆらのき=

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ためしてガッテン!

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良い陽気にノンビリしていると 秋から冬へと季節は移り変わったようだ。
夕べ、お風呂の窓から丸いお月様が輝いていたが今朝は真上から少し西寄りに移動した月が一層明るく輝いている。今朝も冷え込んでいるのだ。d0330311_5212315.jpg
今夜のおでんを煮ながら 炬燵の中で認(したた)めている。
あ!月は真っ暗な空では こんなに輝いているけれど日が出てくると輝かない。
日と月が同時に出ると「明るい」なんて誰が言ったのだ?
「明」は そんな成り立ちじゃないよね。
明にある「日」は「囧(けい)」で窓の形。
古代の家は半地下で 上の方に作った明かり窓から射す月光が明るいと言うことから出来た字。そこに神を迎えて祀るから神明という。

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この→ ジュレは先日秋篠寺へ行った時
お昼ごはんを食べた 秋篠の森・なず菜で出たもの。

母親同士が従姉妹、祖母同士が姉妹という親戚の子(?)人と言うべきだよね。
でも、大昔から「子」という感覚。
その子の母親のことを姉ちゃんなんて・・・90何才だかになっているのに変だけど切り替わらない。
あ、その人と随分以前から 秋篠寺へ行こうと言いながら中々実現せず やっと行ってきた。
その時、奈良産食材が色々使われていた。
あやめ蕪、黄人参、大和真菜、二十日大根、黄カリフラワー、赤カブ、隼人瓜、吉野田舎こんにゃく、菊芋、大和当帰、紫大根、大和茶、小豆。
当帰って?根には血液循環を高める作用があるらしく奈良の宇陀で栽培されているらしい。
奈良に美味いものなしって誰かさんが言ったらしいけれど 奈良だって頑張っているのだ。
これ → は その時の「蟹と紅玉の生姜酢ジュレ」

そうそ、今日は「ためしてガッテン!」の話だった。
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ここ、奈良の三条通りに面した奈良漬け屋さん
勿論、奈良だから奈良漬けのお店は何軒もある。が、この前は数えられないほど何度も通っているけれど入ったことはなかった。
う~~ん、奈良漬けは好物ではない。戴き物は多いが自分で買うことは少ない。と、言いながら進物には購入している。
でも、ここのように純正奈良漬けでない店で買っていた。
d0330311_5553449.jpg こんな色!
左は胡瓜、右は西瓜
こういう商品だということも知らなかった。

先日のためしてガッテンで紹介され 行ってみた。
そんな人も多いのか いつもより随分買っている人が多い。
TVの影響大なんだろうか。
私も その一人だから・・・(^_-)-☆

知人から自家製の奈良漬けを戴く。
この方は地元の酒造会社へ酒粕を毎年買に行くとは聞いていた。
私たちが粕汁に使っている酒粕とは違う。
奈良漬け用のもので あんなに真っ白くはない。遅くとも8月までに出る漬物用の柔らかい酒粕で少し黄色みを帯びたものだ。
その方は胡瓜を漬けられるので栽培も自分でされ 塩漬けをし、前年使った粕に入れて塩抜きをし 新しく作った粕床に入れ直す。その間 2年ほど要する。
どこの店で買った物より 一番美味しい!

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こうして切って比べると他の店の奈良漬けとの色の違いが判る。

これは切ってすぐ食べると味がきつく感じるので 食べる大きさに切って冷蔵庫に3~5日冷やしてから食べるようにしなければならない。
開封後でも酒粕に戻せば長期保存が出来るらしい。
TVでも言ってたけれど水気を嫌うらしい。水を入れないように気を付けなければならない。

また、TVで奈良女子大で色々試していることを放映していた。最近、そんな商品をよく見かける。
奈良市内のお饅頭屋さんで発売されていた「奈良漬けチョコラ」は大好物だったのに 何故か製造しなくなったという。
如何したんだろう?

そのTVでやっていたマシュマロの粕漬けやってみたが タレントさんたちが絶賛していたほど美味しいとは思わなかった。可なり皆さんオーバーに表現されるのだ。
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by souu-3 | 2015-11-29 06:24 | 文字の成り立ち・漢字

Haste not Rest not = 急がず 休まず

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ブログを初めて 今日で丁度10年。
その時は 文字と書のことだけを書こうと「文字を楽しむ」と題して始めた。
その内、ブロ友さんとの交流の楽しさをしり素晴らしい友達が増えた。あまり偏った話でなく日常会話のような内容も良いかナ?折角、住んでいる奈良のことも皆さんにしってもらうのも良いか?
そして、何より生活環境が変化したこともある。 

こうして書くと何気なく使っていた仮名遣いや思い込みで使っていた漢字が多いことに気が付いた。

現代仮名遣い(文部科学省)
一般の社会生活において現代の国語を書き表すための仮名遣いは定められている。

「わかりずらい」と「わかりづらい」
(1)同音の連呼によって生じた「ぢ」「づ」
例:ちぢみ(縮) ちぢむ ちぢれる ちぢこまる つづみ(鼓) つづら など

(2)二語の連合によって生じた「ぢ」「づ」
例:はなぢ(鼻血) いれぢえ(入知恵) まぢか(間近) そこぢから(底力) こぢんまり などがある。

仮名ばかりで書かれていると読み難いが漢字を取り混ぜることによって パッと見て判断し易い。

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今、来年の展覧会の作品を書き始めているが 古事記の中から倭建命が亡くなる前に詠んだ歌を原文で書こうと思案中である。原文は漢文であるが その中の歌は音仮名で書かれている。
表意文字である漢字の本来の意味(訓)を無視し、音(オン)のみを羅列する方法を音仮名という。
例えば「山」と訓を用いて書くところ 音を利用して「夜麻」「也末」などと書く。変体仮名を見るように読めば良い。
が、一字ずつはローマ字を読むように時間もかかる。


初めは毎日更新していたが 最近は3日に1度のペースで細く長く続けたいと思っている。

これからも大した成長もないだろうけれど長~~~くお付き合いお願い致します。
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=原節子さん=
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by souu-3 | 2015-11-26 04:55 | 雑記

唐招提寺・御影堂

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この連休中の予定は何もなかったが やっぱり近場だけど連日お出かけ。
何時ものようにお買い物の足を ちょっと延ばしただけ。自転車で15分も走れば唐招提寺に到着。

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京都の観光客程ではないが ここもいつもの静けさはなく賑わっている。

境内の北側に位置する土塀に囲まれた御影堂は 例年、鑑真和上の命日(6月6日)にちなんで一般公開されるが、老朽化が激しく、5年程度をかけて調査や修理を行うので、坐像や東山魁夷作品を新宝蔵に移すため 当分、見ることが出来なくなる。

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御影堂は 元、興福寺の別当坊だった一乗院宸殿の遺構で明治以降は県庁や奈良地方裁判所の庁舎として使われたものを昭和38年(1964)移築復元した。
d0330311_1061532.jpg現在は、鑑真和上坐像(国宝)が奉安されており、昭和46年から57年にかけて東山魁夷画伯が描かれた、鑑真和上坐像厨子扉絵、ふすま絵、障壁画が収められている。
鑑真和上は、聖武天皇の招きに応え授戒の師として来日することになったが、難航海のため到着するまでに12年間の歳月を要した。
奈良の都に着いた時は両目を失明していた。鑑真和上が戒律の道場として、759年に創建したのが唐招提寺である。
国宝・鑑真和上坐像(脱活乾漆造、彩色、像高80.1cm)は、763年和上の死を予感した弟子の忍基らによって彫られたと伝わる。

和上の前でお焼香する人が並び ゆっくり襖絵を拝見しながら順番を待った。

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=和上と襖絵の画像は入場の時に貰った絵葉書=
d0330311_10153117.jpg東山魁夷は71年から約12年かけてふすま絵「濤聲」(とうせい)や障壁画「山雲」(さんうん)など6作品を描き、同寺に奉納した。
「濤聲」和上が出発した中国の海岸から始まり、荒々しい大海原を渡り、ようやく到達した日本の海岸の景色を描いた16面
「山雲 」日本の風土の象徴として山と海を群青、緑青の岩絵の具で描いた10面
「黄山暁雲」中国の壮大な風景を墨一色で描いた8面
「揚州薫風」和上の故郷・揚州の柳の薫りが風にのって流れてる絵26面
「桂林月宵」和上ゆかりの地・桂林の風景8面

庭には東山魁夷画伯の書による「山雲濤聲」の碑があった。
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by souu-3 | 2015-11-24 06:44 | 奈良

東大寺東塔院址

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三連休の初日、唐招提寺では御影堂の修理を控えて一般公開が23日まで、大仏殿東塔院発掘調査の説明会が 21日だけというのでどちらに行こうか、朝から思案していた。
結局、大仏殿へ。(写真は鏡池に写る大仏殿鴟尾)
最近はごった返す大仏殿周辺。人を掻き分け東塔院址へ直行したら 3度目くらいの説明だったが意外に人が少ない。行列覚悟でオムスビまで持参したのに・・・
d0330311_6245547.jpg今回の調査で鎌倉時代の基壇が確認された。
国内最大級という約27m四方、高さ1.7m以上と考えられる塔基壇址が確認され 奈良時代の基壇の上に盛土を加え 一回り大きくしていることが判った。盛土には焼土が混じっており そこに含まれる瓦は全て奈良時代のものらしい。
柱間寸法は中央間20尺(約6m)両脇間18尺(約5.4m)
東塔は高さ70〜100メートルの巨大な七重塔だったのではないかと言われる。
北側と東側に階段跡、周囲に玉石敷きが残っていた。奈良時代の基壇は約24mと鎌倉時代の塔より小さく建物の構造も異なっていた可能性があるようだが 西塔で確認されている23.8mと似ている。
塔を囲む回廊は鎌倉時代のものと鎌倉時代と粗、同じと考えられている。

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発掘現場 全体。↑
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右、写真の左上部分は奈良時代のもので 鎌倉時代に再建された部分との違いを見ることが出来る。

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説明者の後辺りが 塔の中心部分。

今後、また新しいことも判るだろうけれど 冬になると凍るので一旦、埋め戻すそうだ。
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by souu-3 | 2015-11-22 08:13 | 奈良

伎芸天さん!こんにちは

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夕べまで降りつづいた雨が秋篠寺の苔を一段と艶やかにしていた。
そんな日、久しぶりに伎芸天さんに逢いに行った。
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お変わりなく静かに迎えて下さった。d0330311_17524362.jpg
弟子たちを始め みんなが元気で上達出来るようにお願いをし、
柱にもたれて優しいお顔を じっと眺めていた。
こうしていると心が洗われるような気がする。 

正面から見つめ、左から眺め、写真などでお馴染みの右から眺め、もう一度正面から見たり。
おおらかで優しいと言われる右側からより 何故か左側のお顔が好きだ。

だから 柱の傍から見る。

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11月も半ば、いやもう下旬といわれる頃だ。
落ち葉も真っ赤になっている。

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真っ赤な木々も美しいが 山茶花も美しく誇らしげに咲いている。

暑過ぎず 寒過ぎない良い時期だ。アッと言う間に過ぎ去るのだろう。
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by souu-3 | 2015-11-19 19:01 | 奈良

郡山城石垣整備工事

d0330311_1049919.jpg平成29年3月末の完成を目指して郡山城天守台展望施設整備事業が進められている。
現在、石垣が膨らむなど崩壊の恐れがある北西面の一部を解体し、破損部分を組み直す工事を実施中である。400年前の石垣を可能な限り残すため、解体は最小限にとどめる方針で、解体面積は石垣全体の13%になるようだ。昨年5月、6月と 9月にも説明会があったことは既に記載済みである(夫々にリンクあり)。d0330311_1124572.jpg
石垣の表面にある大きな石(築石)の解体数は236個。石垣を支える四隅の石は特に重要で、北西角に積んであった石(角石)は最大2・8トンあった。
郡山城は大和・紀伊・和泉の3ヶ国に河内国の一部を加え、約110余万石の大名だった豊臣秀吉の弟、秀長が居城とした。
明智光秀や藤堂高虎らが普請に携わり、筒井順慶や秀長らの主導によって改修された。
奈良は良質な石材が乏しかったため、奈良一帯の各戸に五郎太石の提供を義務付け、寺院の石地蔵や墓石、仏塔なども徴発され石垣石として使用された。中には、平城京羅城門のものであるといわれる礎石が使われていたり、8世紀ごろの仏教遺跡である 頭塔の石仏が石垣の中から見つかっている。

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今回の解体でも 左写真の矢印辺りから 右のお地蔵様が出てきたそうだ。(このお地蔵さまは痛みが酷く元の所には埋めないということだった)

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こうして割れた物は取り除かれ同じような形に作られた石と交換される。割れていても接着剤で補修出来るものは元の通りに積むそうで それらには黄色いテープが張られていた。

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築石、裏込め(栗石・砂利層)、盛土の三層から成っている。角部分は直方体の石を使い長い面と短い面を交互に積む算木積みの手法で積まれている。盛土部分が層になっているのは 下から順に積み上げたために出来たものだとのことだった。

また、今回は石を割る実演があった。
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ノミで矢穴をあけ 矢を差し込み水をかけて矢の頭をかけやでたたく。これが中々難しいのか時間が掛かった。 石が割れた時は回りから拍手が沸いた。

この日は裏込め石に想いを書く事も出来た。
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「平和のシンボル金魚が泳ぐ城下町」
「再生祈願 400年後の〇〇〇」
「御先祖様に感謝」
「無限」
などと書いた人もいるが
私は・・・
事前に書くことは判っていたのに 中々良い言葉は浮かばなかった。
今度、修理が必要になる?400年後の人々が こんな人が居たのだと思ってほしい。
なんて考えると短い文章に纏める難しさを痛感した。
でも、遠くへ行かなくっても ここで楽しい生活が出来る今、幸せだと思っている。それはここに住んでいるから。そんな思いをつづった。

これらの裏込め石は多分、大きく解体された北西辺りの中へ入れられるだろうということだった。
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by souu-3 | 2015-11-16 00:10 | 奈良

十二支

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今朝の新聞に「大根の年取り」の話が出ていた。
旧暦の10月10日だというから 今年は21日が その日に当たるので少し早い話ではあるが この日が過ぎてから秋大根を収穫したそうだ。
亥の子、十日夜(とうかんや)とも呼ばれるそうで これから来る厳しい冬を前に外に出歩くのにコートが手放せなくなり、暖房がなかった時代には囲炉裏に火を入れたくなった頃の行事らしい。
今夜は熱々のふろふき大根にしよう。

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我が家でも 夕べからヒートテックの下着に着替え 寝床には毛布を敷き冬の準備を進めた。

今年最後の展覧会になる「いろいろなハガキ絵作品展」の作品が集まり仕上げをした。
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展示は12月1日~25日で奈良新大宮駅前にある”ギャラリー風と心”で 画廊の企画展。
4回目であるが 今年初めて参加することになった。
その手始めということで 今回は教室の有志のみの出品で 十二支を一枚ずつ書いて貰って二枚のパネルに並べた。
左上から「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」で 書と印を組み合わせた作品に統一した。
書いた作品は 「子」ここに穴あきチーズの模様が思い浮かぶのは若い人ならではないだろうか。  「丑」cows 牛を力強く。  「寅」寅か虎か迷ったようだが 虎の甲骨文字で。  「卯」卯の消しゴム印を中心に仮名文字を添え肖生印の兎を。  「辰」この干支印は15年前に特別教室で彫ったものであるが 金と銀のスタンプで色々な押し方を試行錯誤の上 決めたものでそこに龍(昇竜)の文字を。   「巳」文字の途中から立体的になるように工夫した。最初は音楽に合わせて壺から出てくる蛇を書こうかと思ったが この程度に留めた。 
2枚目のパネルは縦作品に統一した  「午」甲骨文字の馬の印に隷書っぽく金色の馬を配置  「未」未印に仮名のひつじを柔らかく  「申」甲骨文字の申と印  「酉」隹に酉の印を  「戌」犬の甲骨文字と戌の印を  「亥」肖生印に説文解字で亥の文字を。

今年はみんなで合作したが 来年からは1枚のパネルに1人の作品を並べても良し。また数人でグループ参加しても良いと思っている。
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by souu-3 | 2015-11-13 15:05 | 書道

熟字訓

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先日、久しぶりに逢った人と話をしていて 冬薔薇が話題になった。
この薔薇の字は薔と薇を分けると「ば」と「ら」とはならない。
こんなことを思うと 紫陽花だって扁桃(アーモンド)だってそうだ。
年賀状シーズンになると干支を書くけれど干を「え」?支「と」なんて切り離すとルビを振れない。
大和 斑鳩 田舎 梅雨 紅葉 銀杏 馬酔木 蜻蛉 欠伸 木通(あけび)小豆 家鴨(あひる)烏賊 海豚 鴛鴦・・・探せば沢山ある。
こういうのを「熟字訓」というが当て字も似たようなのがある。

これだから漢字は難しい。

d0330311_11575559.jpgその時、こんな話も出た。
「獺祭」というお酒の話。
山口県のお酒らしい
お酒は飲まないので良さはさっぱり判らないが 
帰って検索すると誰が飲んでも美味しい味わうためのお酒だと出ていた。

いや、お酒の話ではなく この字
dassai と読む。
獺越
これは この酒造会社の所在地・獺越(おそごえと読むそうだ)にも引っかけて お酒の名前になったようだ。
この地名は「川上村に古い獺がいて、子供を化かして村まで追越してきた」ので獺越と称するようになったという事のようだ。 
獺祭の言葉の意味は、獺が捕らえた魚を岸に並べて祭りをするようにみえるところから、詩や文をつくる時多くの参考資料等を広げちらす事をさすと説明されていた。
この獺はカワウソで 日本や中国の伝承では、キツネやタヌキ同様に人を化かすとされていたそうだが 私には信じられない。
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大阪の海遊館で 生まれて間のないカワウソを日光浴させるのを見たことがある。

この地名などにある獺と 海遊館のコツメカワウソとは違うのだろうか?



あの愛くるしい目!人を化かす?考えられない!
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by souu-3 | 2015-11-10 05:53 | 文字の成り立ち・漢字

作品展

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今朝、ウォーキングを終えて戻ってくると 1羽のカラスが全身を振り絞るように「カァ~ カァ~ ア~~!アーー!」と啼いている。大声を出しても 誰も寄ってこない。
そのうち、堤防の方へ飛んでいき
「あ~~~ アァ」と啼いた。真っ黒で大きなカラスは 時として恐ろしくもあり憎らしいとさえ思う事がある。
でも
今朝のカラスの鳴き声には 憐れさえ感じた。
あんなに頑張っているのに皆知らんぷり?

数日前には朝夕冷え込み 日中は暖かくなった。こんな年の紅葉は美しい。

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昨日は朝から 公民館の作品展示をした。こちらの公民館は この催しを終えると耐震工事で10ヶ月ほど閉鎖になる。例年より展示の数も少なく ちょっと寂しい感じがした。
皆さんは新しく作品を書いたが 私は初夏に美術館に展示した作品のメクリ(展覧会が済むと額から外して作品だけ戻ってくる)を出品しておいた。

それが済んで一旦帰宅し 夕飯の用意などして午後大阪での展覧会を観に行った。
d0330311_14392223.jpg大阪は本町にある 大阪産業創造館。
何時だったかも この建物の写真はUPしたことがある。
漕ぎ出す大阪の企業家をイメージしたアートモニュメント 「黄金のボート」
ボートが通った跡の波のゆらぎを表しているそうで大阪に根を下ろした企業家を表現しているという。

大阪の中小企業経営の支援施設としてセミナーや研修などが行われる大阪市経済戦略局の中小・ベンチャー企業支援拠点だそうだ。
このビルの中には大阪企業家ミュージアムがあり 現在放映中の朝ドラに出てくる大阪の恩人五代友厚が没後130年とかで展覧会が開催中である。
松下幸之助氏、小林一三氏、安藤百福氏などの展示があるそうだ。

その3階にあるマーケットプラザでの作品展である。

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ここ堺筋本町から地下鉄で森ノ宮、大阪環状線に乗り換えて桃谷へ行き 義兄が入院中の病院へ行った。

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窓からあべのハルカスが見える。

d0330311_15443794.jpg病人さんとも いっぱいお喋りして 姪の娘の結婚式の写真を貰ってきた。

結婚式は春のことで半年以上経つ。
来年の3月には2世も誕生することになり 病人さんも曾孫が出来る。
この子の誕生までには 是非とも元気にならなければならない。

病院を出た時は まだ明るかったが 秋は釣瓶落とし すぐ暗くなってきた。
夕飯の準備をしておくと気忙しくなく帰宅出来る。

駅に着いて家へ電話すると 夫は早くも食べているという。
急いで準備しておいて良かった!

予定の用事は全部熟すことが出来た。     ヤレヤレ。
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by souu-3 | 2015-11-07 16:13 | 書道

足の向くまま

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太陽が西に傾き始めると アイはお散歩に行こう!と急かせて来る。
こちらの都合などお構いなし。その上、今日はこっち、明日はあっちと 門を出た時から好きな方向へ一目散に走り出す。
犬は決まったコースを散歩するものだと思っていたが何を考えているのだろう。好きなようにさせると自分で考えるのだろうか?
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公園の木々も色付きはじめ夕陽に輝く。
足元の落ち葉が色とりどりで美しい。
50年ほど前、大台ケ原から大杉谷へ行った時、この美しい落ち葉に感動していると 横をすり抜けるように進む人たちが急いでいる事に何も感じなかった。
次の山小屋までの距離を考えなかった私たちの団体は迂闊だったのだ。当時、あの道は木こり道といわれ足場が悪く片側は崖だった。所々に吊り橋があり大変なコースだったのにノンビリし過ぎていた。
そのうち、陽が傾き・・・真っ暗になってしまった。みんな黙りこくって黙々と歩いた。リーダーが「ビバークしよう」と言い出した、
その時
遠くに山小屋の灯りが「点」と見えた。幻ではない。本当に見えたのだ。
その点に向かって歩いた。

小屋に着いたときの気持ちは忘れられない。
それからは山ばかりではなく 日暮れには敏感になった。

私の青春時代の忘れられない想い出だ。

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チョッピリ冷たくなった公園の滑り台。

誰も遊びにも来ない。


もうすぐ立冬、
今年は8日。

この日から暦の上では冬になる。



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【今月のカレンダー】

スセリヒメ(須勢理毘売命・須世理毘売命)
スサノオの娘、オオナムチ(大国主)が根の国へ来た時、お互いの一目惚れで結ばれた。
根の国での説話は、結婚相手の父から試練を与えられて、結婚相手の助言や手助けによって克服するという課題婚と呼ばれる神話の形式である。
オオナムジはこの試練をスセリビメの助けを得て乗り越え、正妻としたことにより、真に大国主になることができたといわれる。

春日大社の末社である夫婦大国社に祀られている。

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by souu-3 | 2015-11-04 17:54 | ペット
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一瞬のきらめきを求めて


by souu-3
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