玉響記=たまゆらのき=

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ぶらり中之島

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遠来のブロ友さんのお蔭で 久しぶりに大阪は中之島界隈をブラブラすることになった。
OLだった頃は お昼休みにお弁当を持って時間いっぱい駄弁り捲くった所。
何時だったか社内報が大阪特集号というのを発行したことがあった。大阪は八百八橋。あっちこっちの橋を写真部で撮ることになり 私は中之島担当になった。
出勤前、お昼休み、退社後と出かけたのも つい、昨日のことのような気がするが 飛んでもないほどの年月が経過している。この中央公会堂では労働組合の集会などもあった記憶がある。

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当時、正面アーチ屋根の上に このようなものがあったなど気が付かなかった。
ローマ神話の像で、右側がミネルヴァという学問や芸術の女神で、左はメルキュールという商業の神らしい。
戦争中に金属類は供出され数年前に保存再生工事で復元されたというから 当時はなかったのかもしれない。

その下には
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鳳凰と大阪の市章である澪標(みおつくし)を基調にデザインされた特別室のステンドグラスがある。

中之島には明治・大正の面影を残す重厚な歴史建築がいくつも立ち並んでいるが 中でもこの公会堂は赤レンガの壁に青銅のドーム屋根が美しく重要文化財に指定されている。

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予定では この船に乗る心算だったが お喋りタイムが長引きぶらぶらするだけになってしまった。

その後も大阪駅まで歩く、歩く。勿論お喋り付き。
梅田新道の交差点は 国道一号線と二号線の分岐点である。嘗てブログにも載せたことがあるのでリンクしておこう。
その交差点の すぐ近くにあるお初天神(正式な名前は露天神社)
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もうすぐ7月。
関西では祇園祭が始まり、天神祭を初めとして愛染さん、生国魂祭り、伏見稲荷の本宮祭、堺大魚夜市、住吉さんのお祭りと続く。
この露天神社の夏祭りも7月の第3金土にある。宵宮には、拝殿横の特設舞台で地車囃子が奉奏され、境内に舞獅子や傘踊りが入って、役太鼓の宵宮打ちが披露され、本宮では、神事、役太鼓、舞獅子、地車囃子が御祓いを受けて宮出しされ、大阪駅周辺のディアモール、ハービス大阪、ヒルトンプラザ、曽根崎各地を巡行する。
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早くも山車の準備もされていた。
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また、「茅の輪くぐり」も行われていた。基本的に6月30日に行われ、夏越の祓(なごしのはらえ)と言われるものだが、正月から半年間のケガレを祓い、残り半年の無病息災を祈願する。

露天神社は「お初天神」という方がピンとくるのだが・・・
d0330311_17301383.jpg元禄16年(1703年)に神社の境内で実際にあった心中事件を題材に、近松門左衛門が人形浄瑠璃「曽根崎心中」を書いたのに因んで「お初天神」と呼ばれるようになった。
「曽根崎心中」は、堂島新地の遊女「お初」と内本町平野屋の手代「徳兵衛」が心中した。「曽根崎心中 お初 徳兵衛 ゆかりの地」という石碑が建立されている。
大阪の人には親しみのある神社だ。


今回のオフ会は この程度で満足していただけたか?些か不満足なものだったようにも思うが ブログを通して数年、お喋りしている感覚は不思議なものである。

お一人は2度目、もう一人は奈良在住のため数回お逢いしているが年齢も違うお二人なのに旧知の人のような気がする。話も弾み 何の違和感もない。
不思議な関係だ。
ブログを初め、 こうして続けることが出来、本当に良かったと思う。

今後、まだまだ続ける心算だが元気でありたいとつくづく思う。
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by souu-3 | 2015-06-29 17:50 | 大阪・京都 | Comments(18)

郡山城外堀

d0330311_16215516.jpg前日、梅雨らしくたっぷりの雨が降っていたので この日は歩きに行けるとは思っていなかった。
買い物もままならず 冷蔵庫の中から夕飯も作ったほどで 翌日のお弁当の用意もしていなかった。
が、朝 目覚めると晴れている。冷凍庫の中から適当に解凍して朝から大忙し。

それでもメールやブログのチェックをしてラジオ体操、朝のウォーキングは半分だけ。お弁当と同じものを夫の昼食にして。リクの世話。
バタバタしたが 集合場所へは定刻前に到着。
皆さん 似たり寄ったり、バタバタとお弁当の用意をして来られたようだ。

この日は地元 大和郡山のお城の外堀を巡ることになっていた。
一周7km 外堀緑地が整備されて 何年になるのだろうか?この緑地はホンの一部分で実際の外堀の1割程度だと ボランティアガイドさんが言われたように思う。

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戦国時代末、筒井順慶が郡山城に拠り、その城下町が発達したが 順慶亡き後1585年に豊臣秀長が郡山城に入った、その時、大和・和泉・紀伊の三国、百万石を領有し、大和国の中心都市として栄えた。
郡山城の外堀は、文禄4年(1595)7月、郡山豊臣家断絶のあとを秀吉の五奉行の1人であった増田長盛が20万石で入部して、翌年から普請を開始し、東側は秋篠川の流れを東に向け佐保川と直結させ(奈良口の川違え)元の川を堀にして、西と南側は丘陵の断崖や溜池を巧みに利用し、北側は谷池に添う堀を巡らし、総延長50町13間(約5.5キロ)を殆ど素堀りで行い、内堀や中堀のように石垣を積む事なく仕上げ、掘削した土は堀の内側に盛って土塁とした。=ガイドさんの説明=

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いつも通る所であるが この神社の中へも入ったことがなかった。
が、年末になると飾り物ではなく本物の伊勢海老や橙などしめ縄に付けられるそうだ。
橙は 黄色くなったものを そのまま置いておくと又緑になり そして黄色くなるそうで ダイダイというのだそうだ。
また、「正月の道」といい、神社から村の家へ砂の道を作り 隣へそれが続く、そして村中に繋がり、神様がそこを通られるという。1年無事に過ごすことが出来る慣わしらしい。
他の場所でもあった習慣らしいがアスファルトになった道に砂を撒くと自転車や単車がスリップするので止めた所が多いそうだが ここはずっと伝わっているらしい。
忘れなければ年末か年始に見に行ってみよう。

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堀の土を内側に土をもって「土手」を築いて松や竹を植えていたが このあたりには大きな松の木がそびえていて、「おどえの松」と呼ばれて遠くからの目印となっていた。
このように堀の内側に高く土盛をした土手を「お土居」と言い、現在は「お土居公園」として一部分が残されている。

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「矢田口から大織冠に通じる道に、忍術師が住んで似た。今もこのところを忍ぶ町とよばれている。
ある日、豊臣秀俊が蛇が池を見て、忍術師に、「この池から大蛇を出して見よ。」と命じたので、忍術師は一心に呪文をとなえると、空池がみるみるうちに満水し、たつみの隅から大蛇が飛び出し、秀俊を一のみしようとしたので、秀俊は驚き、大声をあげて城内に逃げかえった。そこで家来たちは、ふたたび大蛇の出ないように池底の穴を大石でおおった」と市のHPに書かれている。


こんな池へは行った事がなかった。





大和郡山というと「金魚池」と思われるだろう。
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市内には至る所にあるが この辺りは一望出来る。
しかし、池を潰してソーラーパネルが並んでいるところなども見かけるようになった。
また、何時の間にか埋められて住宅が建っていたりする。
知り合いの金魚屋さんも 止めてしまわれた方もある。

こうしてグルッと外堀を巡ると 車で行き来する人よりは よく目にしているとは思うけれど全く行った事もない横道まで歩け 40数年住んでいるのに知らない所があるのに些か驚いた。
「みちしるべの会」が建てた碑を一つずつ見て歩いたが 池や池跡、辻番所跡など新発見が多くあった。
新しい発見はガイドさんのお蔭だと思う。地元であっても こういう機会は有難い。
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by souu-3 | 2015-06-27 18:07 | 奈良 | Comments(10)

駅長・たまちゃん

【たま駅長 天国へ】
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1999年4月29日に 旧南海電鉄貴志川線貴志駅にすみついたトラ猫が産んだメス猫だが、2006年に和歌山電鉄に移管され翌年貴志駅の駅長に就任。たま駅長をモデルにした駅舎や電車ができるなど、ローカル線を元気づけてきた。16才、人間の齢では80才くらいだという。

この事がTVでも何度も放映され 新聞にも大きく取り上げられている。
アイは気に入らないのか?新聞を読んでいると ↑ この通り上に乗って見せてくれない。

夫は数年前 ここの子に逢いに態々和歌山まで出かけたことがあった。


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普段、寝つきは良い方で 結構、深い眠りなのだろう。朝は気持ちよく目覚める。

ところが夕べは一向に眠れない。
何にも心配事もない。
昼間 ゴロゴロ楽をし過ぎた?
いや、そんなこともない・・・
と、思う。

横になって眼を瞑っているだけでも良いと 夫は言うけれど、d0330311_14385467.jpg
私は
それが苦手。

何か出来る事はないかな?

作品を書くのは
ちょっと
シンドイ

PCも疲れそう。

まぁ
作品を書く用紙をカットするくらいかな?

夏の展覧会の本作品は「恋」だが

全体作品=合作=は
四角い箱に1人3点程の作品を貼り それを積み重ねてみよう。

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こんなイメージ。
出品者全員が 箱一つずつ担当すれば 何とか積むことが出来るだろう。

昨年は
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障子仕立ての屏風の後ろから灯りを照らしたものを作った。

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2000年には扇子を作り 組み立てた竹に並べた。数年同じ文字を違った書体で書いたり小さな額にテーマに沿った文字を書いたり Tシャツを作ったり・・・
与えられたものを書くのも大変だろうけれど 次は如何いうものにするか、考えるのも大変になってきた。
合作は今回で16回目、
些か ネタ切れだ。
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by souu-3 | 2015-06-24 15:43 | 書道 | Comments(14)

父の日

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google を開くと こんなのだった。
否が応でも 父の日であることを認識しなさい。と言われている気分になる。(*^▽^)/★*☆♪

昨日、友達に「婦人画報」はいつ創刊されたか知ってる?と聞かれた。
相当、古くからある、明治かな?
d0330311_5531665.jpgやっぱり!
明治37年創刊号が 付録?として付いていたという。
う~~ん 懐かしい、とは言えないが母が生れる前だから しる筈もない。
右から左に書かれていることには 意外に抵抗はないけれどルビがいっぱいフラれていて空間が少ないので読み難い。
新しく作られたのでも 当時の印刷のままでもなく スキャンされたものかコピーか鮮明ではないので 少々疲れるが当時を彷彿とさせる。

母が居たら・・・その年齢から考えると110年ほど前だ。
当時の人は どの程度の学力があったのか?
どんな人が 購読していたのか?
1冊 35銭とは・・・
また、ググってみた。
『「うどん・そば」は明治37年には2銭だったので、今でいうと約400円。カレーライスは明治35年頃で5~7銭だったそうですから、1000円以上ということになります。新聞購読料(朝日・朝刊のみ) 28銭 JR普通運賃(大阪-東京) 明治22年、3円56銭
朝ドラ「花子とアン」の 当時、上野-甲府間の運賃は、片道1円39銭ぐらいだったそうで、往復金額の2円78銭を現在の貨幣価値にすると、40,000~60,000円程度と言われています。8~10時間程度かかったそうです。』
当時は1銭が43円~100円と開きがあるので 判り難いけれど1400円~3500円って庶民には高くないかな?読んでいた人は庶民ではない?

【訂正】
この本は1冊25銭、送料2銭でした。35銭は「都新聞」の値段でした。

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第1巻第1号の目次
華族女学校の運動會、襷掛けの着物に袴、靴を履いた妃殿下や宮家の内親王などの写真が載っている。

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これからだろうけれど 蓮の花が咲き出した。=唐招提寺=

今朝の二匹
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新しくなったプリンターは 無線だから離れた所で操作すれば良いのだが パソコンとプリンターの用紙設定などが違うと 動いてくれないので何時も同じ用紙にプリントする人には良いのだろうけれど 写真や両面など使いたいものは 結局近くへ行かなければならない。

そんな時、2匹は側で眠っている。
梅雨が大暴れする今日、美術館へ行かなければならない。
う~~ん ちょっと・・・  ね!
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by souu-3 | 2015-06-21 08:01 | 雑記 | Comments(26)

ムジークフェストなら

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ムジークフェストはドイツ語で音楽祭。
奈良でもレベルの高い音楽祭を開催し、上質な文化に親しむ機会を創出したいとの想いを込め、ドイツ語で「音楽祭」を意味する「ムジークフェスト」と命名され今年で4回目を迎えた。今後、奈良の年中行事としたいと ムジークフェストなら実行委員会と奈良県が主催、ドイツ連邦共和国総領事館、文化庁が後援、多くの企業等の協力に寄る催しである。
今年は130を超える会場で 300もの公演があり、期間中、奈良が音楽一色になる。

今回、2人の友達が誘って下さり16日薬師寺・慈恩殿、唐招提寺・僧坊で、17日東大寺総合文化センター・金鐘ホールで聴くことが出来た。
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慈恩殿は 2017年春に奉納される細川護熙元首相が制作する襖絵や壁画が飾られる予定になっている場所である。
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箏とチェロのハーモニーと題して 木村伶香能さんの箏と唄、玉木光さんのチェロ。ご夫婦での意気の合ったハーモニーを聴かせてもらった。

その後、唐招提寺では春~クラシックの調べにのせて~クラリネットの河野康幸さん、ヴァイオリンの岩渕晴子さん、ファゴットの奥山紀子さんの3人による演奏と楽しいお喋り。
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僧坊であるから 4本柱の中の広さは畳3枚分。天井も低く おまけに外は雨。薄暗い照明もない所で 如何なのかと思ったが 明るい河野さんのお話と「眼鏡をかけた蛇」の演奏は、本体を大きく4つに分割することができるのを上手く活かして、マウスピース、バレル、管体、ベルと段々外しての演奏と その話の内容が面白く楽しいものだった。

あまり音楽に詳しくなくクラシックをどの程度 理解出来るかと思っていたが とても身近に感じることが出来た。

翌、17日は東大寺・金鐘ホール。当初予定されていたバイオリン奏者・稲庭達(とおる)さんが4月に59歳でご逝去され お弟子さんである菊本恭子さんとピアノの島崎央子さんの演奏だった。
アンコールでは 先生のお得意だったアヴェ・マリアを二人で演奏。先生のことを思いながら涙を流しての音合わせだったと言われていた。
こうして忘れられない師匠であり続けられるようでありたいものだ。

この日も お天気は不安定だったが
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d0330311_22453859.jpg奈良は大賑わい。
このムジークフェストに来られた人で 超満員という訳ではないだろうけれど こんなに混雑するのは珍しいのではないだろうか。
観光バスも遠くのナンバーもありズラッと並んでいる。

この後、大雨になり、一服した店から出ることが出来なかった。
少々、遅くなったが最寄りの駅から自転車を走らせると 佐保川の水は増え川幅が広くなっていた。
スゴイ雨だったと 皆は言うけれど この日の雨は各地で豪雨だったようで この程度ではニュースにもならない。

今日は もうお出かけせず 急に壊れたプリンターを外して 新しいのを繋がなければ。
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by souu-3 | 2015-06-18 06:24 | 奈良 | Comments(20)

父の日&展覧会

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先日、14日の日曜日 買い物で賑わうモールを歩いていると「父の日」のプレゼントが並んでいる。
「あれ?!」
母の日のプレゼントは 娘から届いたのに今日は来ていないなぁ・・・
そんな事を考えながら
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青い紫陽花が欲しい、と言ってたのを思い出した。
私の父ではないが・・・

お店で あれこれ見ていて「今日は父の日よね?」「来週です」
え?そうなんだ。だから来ないのか?

母の日は第2日曜日で 父の日は第3日曜日。

父の日は薔薇をプレゼントするのじゃなかったかな?
その割には 母の日のカーネーションのようには並んでいない。

お父さんには気の毒だけど 大々的には祝って貰えないのかな?

そういえば
いつから こんな日が出来たのだろう?
私の父が居た頃は・・・
そんな日はなかったなぁ

昭和32年に天に召された、
天国へ行ったと思いたいけれど 「地獄八景亡者戯」を楽しんでいるかもしれない。
父も落語が好きだったから。私も この落語が大好きだ。これを聴くと地獄も悪くないと思う。
あ!横道に逸れたけれど、
こんな時は やっぱり「検索」

母の日が日本に伝わり制定されたのは1947年らしい。父の日が一般的な行事となったのは1980年代になってからだと出ている。
そんな 最近のこと?!
あれも これもアメリカ生まれで日本に伝わったものらしい。
が、国によって祝日になっている国もあり 日も様々らしい。
台湾の父の日(父親節)は8月8日で「パパ」(表記は爸爸)と「八八」の中国語の発音が同じだから 8月8日だなんて面白い。

パソコンには何でも載ってる。

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梅雨時だし 美術館のある天王寺公園は工事中。
見に来て下さるだろうか?
弟子たちと 先日のクラス会では案内状を渡したけれど 何処へも郵送していない。

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業者が 殆ど展示してくれるようになり作業は早く終えることが出来るが こうして展示替えをしたり、会場の作品は 皆さんのお越しを待つばかりになっている。

今回の作品は ここに
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by souu-3 | 2015-06-16 05:19 | 書道 | Comments(12)

手書き

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d0330311_8321985.jpg昨夜、TVで相撲の番付表を書くのを放映していた。
横綱の名前から序の口のお相撲さんまで 文字のサイズの違いは一目瞭然だが 書く幅が横綱の十分の一以下まで 全て行事さんが手書きで書き上げる。
紙に印刷されたものだけでなく国技館の櫓や
地方場所開催会場の入り口付近に揚げられる「板番付」も手書きをしているところが映されていた。

入門したばかりの若い衆も練習していた。書けるようになるには10年以上掛かるようだ。
墨も筆も こうしてまだまだ使われている。ちょっと嬉しくなった。

こういう文字を見ると 年末の南座の「まねき」が浮かぶ。勘亭流・相撲字・寄席文字・江戸文字は 夫々特徴があるようだが 力強い文字に誘われて 大勢の見物客が吸い込まれるのだろう。
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先日のクラス会の写真が送られてきた。
今回の幹事さんの一人が 手書きの一言を添えてくれていた。
この一言が嬉しい。
最近、会計報告などと一緒に 通り一遍の文章をプリントして送ることが多い。
恥かしながら パソコンを使い出して15,6年になると そんなことは いとも簡単に出来る。私が幹事の時も そんな事をして送った。ひと言で良いのだから手書きにするべきだなぁ。


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先日の映画を まだ引き摺っているようだが あの時、クレジットタイトルが流れた中に あのどら焼きの「あん」が使われたかと思われる〇〇養蜂場の名前が流れた。

何処にでも売っているものだろうけれど これを食べたいとネット注文した。


冷凍で送られてきたが 劇中とは多分違う皮だろうけれど 餡子は甘過ぎず美味しいものだった。
通販などは あまり好きではないけれど 最近、やはり使ってしまう。
これも時代だろうか?

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by souu-3 | 2015-06-13 09:24 | 書道 | Comments(12)

樹木希林という女優

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夫は美しい空が大好きだ。ひとりで見ていないで必ず呼びに来る。

西の空に沈む夕陽が まるで山の間に沈んでいくような錯覚を起こさせる光景だった。遠く山のように
見えるのは雲だが 明日は梅雨の晴れ間がくると叫んでいるかのようだ。

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やっぱり 良いお天気だ!
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雨をたっぷり含んだ紫陽花は美しい。

でも、太陽に元気をもらった紫陽花もイイ!



前回の映画「あん」の記事に皆さんがコメントを入れて下さったので その度に検索し樹木希林さんという人の事が段々判ってきた。
いや、判ったのではなく全く知らなかったことを ちょっと知ったという程度だが。
正直なところ、変わった女優さんだと思っていたが その生き方の素晴らしさに驚かされたということだろう。
鎌田實さんと樹木希林さんの対談が出ていた。
朝日新聞シンポジウム「がんに負けない、あきらめないコツ」というものだった。
何と柔軟な心の持ち主なのだろうと思いながら読み進んだが・・
中でも鎌田氏が 「ミスを生かすことがすごく大事で、私の顔はミス。だから、私はミスを前提にして、ミスを生かしながら生きてきたから生き残れたって。「あ、この人は、どんなことがあっても失敗がなくて、絶対生き残れるんだな」って僕は思いましたね。」という件、「お家をつくっている時だったのかもしれないんですけど、建築家に「ミスをしたらすぐに連絡してほしい」「ミスをすぐに直さないでほしい」ってお願いしているんですね。ミスを直してしまったら、ミスで終わってしまう。けども、ミスを連絡してもらって、もしかして面白いミスだったら、そこを生かして何か新しくつくり直しちゃえばいいんだって思ったというんですね」という調子だ。

また、こんな話も
「36億年の話というのは、地球が生まれて、地球には生物がいなかった時期があった。偶然、太陽との距離がちょうどいい距離、ほどほどの距離があって、水が地球にあって、その水の中から生命、単細胞の生物が生まれた。36億年前に。
それが徐々に徐々に進化を遂げて、水の中で生きていた生き物が陸に上がるわけですよね。その陸に上がったものから、また何千年も経て人間が生まれてくるわけです。
僕たちはその36億年の歴史をしょいながら、命をいただいて、そして、たった70年か80年か、うんと生きた人でも百数年ですよね、そういう時代の中でまた地球に戻っていく。」

これも鎌田氏の話だが 古事記を読んでいて面白いけれど有り得ない!と思うことはショッチュウある。
でも、この単位で考えれば 古事記の世界もあり得るかも知れない。
フッと そんなことを思いながら 潔さも必要だけど こうして発想の転換をするのも大事なんだと教えられた。
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by souu-3 | 2015-06-10 09:51 | 雑記 | Comments(16)

やり残したことは ありませんか?

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先月末から公開が始まっている映画「あん」の舞台挨拶が 梅雨の晴れ間の6日奈良で催された。

前々日、この日の座席の予約状況を調べると 1回目は既に満席、2回目は若干の空きがあった。映画館へ行ってみようかと思っていたが 前日にはこれも満席、予約終了になった。3回目が若干の空き!となるとカード決算が嫌で直接行こうと思っていたが そんなこと言ってられない。予約することにした。

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この映画は河瀬直美監督の作品である。「地元であいさつしたい」との意向があったそうだ。
1回目、2回目は上映後、3回目は上映前の挨拶で述べ1000名が集まったそうだ。
東京での舞台挨拶の日、誕生日を迎えた河瀬監督に主題歌「水彩の月」を歌っている秦基博が生歌を贈られたそうだが 歌こそなかったが 撮影禁止だったところ主役の樹木希林の一言で撮影OKとなった。

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原作者・ドリアン助川さん、主演の樹木希林さん、永瀬正敏さん、兼松若人さん、河瀬監督。
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この後、大阪や神戸でもあったらしいが 映画だけでなく出演者が来場されると人が集まるものなんだ。
殆ど、ご近所の映画館しか行かないが 今回は急行で2駅(各停で5駅)乗って行ったが あれ程、劇場イッパイの人は見たことがない。

挨拶の中で 樹木希林がみんな お酒の飲み過ぎ、たばこの吸い過ぎ、監督は高いヒールの靴を履き過ぎ。
歳を取ってから困ることになるんだから 先を考えて!と言われていたのが印象的だった。

この中で兼松若人という俳優さんは知らなかった。
劇中でも それ程多くは出ていなかったが 大阪出身ということでの出演らしい。
「この映画を観て ボクを嫌いにならないで」と挨拶されたが 役者はその役によって印象が替わる大変な仕事なのだ。

今回の撮影は東村山市だったそうだが 奈良での撮影の時は誰かに許可を得ておけば 粗、OKなのに東京では全てに許可が必要だったと言われていた。桜の美しい街での撮影から緑になった街が美しく描写されていた。

今日の題名は何?
と、思われているかもしれない。
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この映画は主人公の老女・徳江がハンセン病だったことで 沢山の涙を越えて生きていく意味を問いかけると、パンフレットにも書かれているが この世に誕生して色んな人生を送る人がいる。
が、誰一人意味なく生れてきた人はいないのではないかと思わされる内容だった。
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by souu-3 | 2015-06-07 06:29 | イベント | Comments(24)

梅雨入り

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3日、四国、中国と共に近畿地方も梅雨に入った。

6月になったので 今月のカレンダーを。

d0330311_209056.jpg伊須気余理比売(イスケヨリヒメ)〔比売多多良伊須気余理比売(ヒメタラライスズヒメ)〕
大物主神が 一目ぼれした美しい勢夜陀多良比売(せやだたらひめ)の娘。
後に 神武天皇の皇后となった。
神武天皇と山百合の咲き誇る狭井川のほとりの小屋で結ばれたことを 天皇が詠んだ歌が残る
「葦原のしけしき小屋に菅畳 いやさや敷きて わが二人寝し」

祀られている神社   率川神社
6月17日は ここ率川神社では三枝祭(百合祭(リンクあり)が催される。

また 崇神天皇の代に疫病が大流行したとき祟りをなしていた大物主が天皇の夢に現れ意富多多泥古という名の大物主の娘に自分を祭らせることを要求したので その娘を神主として意富美和の大神を祭った、という。



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奈良ではこんな可愛いのが生れている。totte さんが送って下さった写真である。彼女は鹿サポーターとして頑張っていらっしゃる。

小鹿も見に行かないで 私は早めの準備をしている。
あまり、急ぐと変更しなければならなくなるかな?と思いながら やっぱり「セッカチ」なんだ。

何を準備している? ↓

More こんな事!
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by souu-3 | 2015-06-04 07:20 | イベント | Comments(18)
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一瞬のきらめきを求めて


by souu-3
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