玉響記=たまゆらのき=

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クラス会

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d0330311_9322460.jpg12才から15才まで 同じ教室で共に学んだクラスメートが集まった。
当時は1クラス60名。3年間には2人の転校生があり 新しく2人が加わった。
その内、8名が物故者となられ 住所など判らなくなっている人が14名、40名がお知らせ出来る人たちだ。
これで現在の1クラス程度の人数ではないだろうか。
この日の出席者は13名。あべのハルカス内のホテル・マリオット都ホテル20階の月の間と光の間が使われた。
腰の手術をした、足が痛い、老人が集うと必ず出てくる話題だがそれなりに皆 健康には気を付けているようで ここへ出てくる人は粗、元気だ。
「鳥を飼っていて 家に帰ると「お帰り!疲れたやろ」と言ってくれる」大阪弁でんなぁ
そういえば母が飼ってた九官鳥も母が電話で話す声、喋り方そっくりだった。
「お喋りお掃除ロボットを買ったけれど 片づけてないとあっちに当たり、こっちに当たりする度に「痛い!」って言うねんよ」
「トイレが自動で流してくれるのにしたけど 沢山お水を使うからモッタイナイ!手動にしてるんよ~」なんて
賑やか 賑やか!

食事が終わって 一階下のラウンジでお茶ということになったが・・・
写真撮ってへんやん!と言い出し ホテルの係りの人にシャッターを切って貰うが「眼を瞑った人がいます」と表示されるという。7回くらい押しました。と、
もう諦めることになった。
「トイレに行くわ」「口紅くらい塗っとくわ」
1階降りるだけなのに 中々揃わない。係りの人は早めに席の確保をしてくれているのに。
中々やん!
向うの人は多分イライラを抑えるのに必死だった事だろう。

バアサンの集まりはタイヘン


スッタモンダのクラス会も結構 楽しい!

またまた、帰りに寄り道
この日は 次のお稽古で使う金箔を買いに行ったが 久しぶりの阿倍野筋商店街。随分変わったなぁと思いながら歩いて行くと 懐かしい種苗屋さんがあった。

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プランターに植えていたゴーヤの苗が 何故か元気がない。
触ると スッと抜けて根っこがない!土を掘るとイモムシかな?白い幼虫が丸まっている。即刻「死刑!」

同じ物はなかったが 胡瓜が小さい内に被せておくと星形になる「デコきゅう」というのが目に留まった。
面白そうじゃぁない?これと胡瓜の苗を購入。

【根っ子って大事】
今度のことも隠れた部分が如何に大切か 根っ子がしっかりしないと何事も上手くいかないことを教えられた気がした。
d0330311_13344566.jpg今年の1月にも載せたが Oさんの年賀状に書かれていた「ライ麦1粒で1万キロ越える長さとか、根の凄さを思います。」と書かれているのを思い出す。

この方は五木寛之著の「遊行の門」を読まれたのではないだろうか?

「遊行の門」の中に植木鉢に植えられたライ麦のことが書かれている。


先日、植木鉢に植えていた椿を地植えにした。
とても土が固くなっている。それでも そこに植えている木々は根を張り頑張っている。
雨が降らなかったり 水遣りをサボっても文句も言わず頑張り続けている。

人生もどんな環境になるか判らない。それでも懸命に頑張らなければならない時もあるだろう。
木の根っこを見習わなければとつくづく感じた。

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by souu-3 | 2015-05-30 13:26 | イベント

「徹子の部屋」放送10000回 !

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お昼ご飯を食べる時、チャンネルを回して(今は押すのに何故か回すという、切り替えると書くべきだろう)いると「徹子の部屋」をやっていた。
あの方は 私より年上なのに皺もなく美しい。
私の方が よっぽど皺くちゃバアサンだ。
10,000回を迎えた「徹子の部屋」12時からの放映になって見られない事が多い。この日は何時もと違い
1時間の放送だったらしい。
最初の頃から よ~く覚えているが40年前だったらしい。

ずっと元気で続けられるということは簡単なようで とっても難しいことだ。
しかも 人前に顔を見せるという事は疲れた顔も出来ない。今日のゲストは・・・なんて思う日はないんだろうか?

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暑くなった!
夕方のTVで京都・祇園一力の前から中継していたが京都の最高気温は34℃というけれど 手元の温度計は35℃を越えていると言っていた。
まだ5月なのに!

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アイの散歩も 行きは良いよい 帰りは抱っこ。
目的地まで元気に歩いても帰りのエネルギーを残しておいてよ!

公園で 一服しても抱っこされて帰る方がラクちんだって?

もう!

そろそろ、あっちこっちの田圃では田植え前の準備が始まっている。

先日、奈良県のメールマガジンに 吉野川分水のことが出ていた。
「6月1日、吉野川分水の通水が始まると、みるみる大和平野の田んぼに水が入り田植えモードになっていく。
奈良北部はもともと降水量が少ないところ。以前は田んぼが干上がって米が収穫できないなんてこともたびたびあったわけだけど、いまのように安心して米作りができるようになったのは、この吉野川分水ができて、吉野川の水が大和平野に運ばれるようになってからなんだ。
大和平野の農地はざっと 7,300ヘクタール。大和川の水量ではとてもまかなえず、昔から渇水対策として、たくさんのため池を作ったり地下水を利用したりしていたんだ。
300年前、名柄村(ながらむら、いまの御所市)の庄屋・高橋佐助が水量豊富な吉野川から水を引けば、、、と考えはしたものの、工事の規模の大きさやら、吉野川の下流・紀州藩の反対もあって、夢と消えてしまった。

そんな分水構想が動き出したのは戦後の食料増産と資源開発の一環として今度は国の肝入りで計画されたんだ。
大和平野内の用水路約330kmを含むすべての工事が完成したのは1987年。工事開始から35年もかかった」と。
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農家の方から この水の事は聞いていた。道路にも こんな ↑ マンホールがある。
もうすぐ通水が始まるんだ。それに向けて皆さん頑張っていらっしゃる。

きっと 蛙も待っていることだろう。
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by souu-3 | 2015-05-27 19:21 | 雑記

三代目桂花團治襲名祈願祭

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24日11時より桂蝶六さんが桂花團治を襲名され 話の神様である稗田阿礼を祀る賣太神社で御祈願された。
花團治の名は 二代目がたった一年で昭和20年に亡くなり、70年間ずっと空白のままだった。
初代桂花團治は、一門の祖である初代桂春團治の弟弟子にあたり、明治末期から大正期にかけて活躍し、吉本興業草創期に唯一の看板芸人として人気を博した。二代目は、五代目笑福亭松鶴が主宰した楽語荘の同人となり、上方落語の保存と継承に尽力されたそうだ。
d0330311_1914799.jpg今回の襲名は、初代桂花團治の遺族から春團治一門に「この名跡を復活したい」と申し出があり、蝶六さんに白羽の矢が立った。蝶六さんに決めた理由は「直感。オーラと華やかさを感じた」と初代花團治のひ孫の山田りこさんが言われていると新聞に書かれていた。
今回、お逢いするのは2度目であるが 中々の好壮年?45才から中年と言うらしいので壮年とは言わないのだろうけれど 好感の持てる落語家さんだ。

拝殿での御祈祷のあと、榊を捧げ 式典が終了。
その後 社務所で皆さんお待ちかねの小噺会が催された。社務所には集まった人で超満員。
みんな 吸い込まれるように話に聞き入った。
「人は笑う時、息を吐く。みんな一斉に息を吐くのです。その時、演者も息を吐いているのです。これを呼吸が合うと言うのです。」
中々息が合わない事もあるだろうけれど 笑いの中では息が合う。
スバラシイことだ。

小噺と云えば「隣の家に囲いが出来たんだってな」「へえ(塀)」なんて噺かと思っていたら なぁるほど!と思える話だった。


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前日から 金屏風はないけれど立派な舞台が準備されていた。

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今回は 15分余りの話であったが 9月11日には大和郡山市のやまと郡山城ホールで襲名披露公演が開催される。

本格的な落語は その時に。


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この日は曇りと雨の予報だったが 好天気で良い日になった。
真っ赤な夕日が あっと言う間に沈んでしまった。こんな日は時間の経つのが早い。
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by souu-3 | 2015-05-24 20:10 | イベント

シルバー書道展

d0330311_100810.jpgこの辺では 可燃ゴミ、不燃ゴミ、ペットボトル、有害ゴミと分類しているが 他に庭木の枝や草を出す日がある。
その指定日が近づくと 草引きにも精が出る。
序に
雨も近いので 植木鉢の椿を地植えにした。その時、横にあった別の椿の新芽が伸び少し窓に掛かるようになった。
この窓はトイレの窓である。 すりガラスであるが朝日などが当たると何だか素敵に見える。
写真では上手く表現出来なかったが ふわっとした柔らかい光に癒される。
ちいさな小さなシアワセを見つけた気分だ。


3月末に 皆さんが頑張った作品が お軸に表装され文化会館の展示室に並べられた。
今年で27回目、
第6回から参加している。
当時、出品された方は何方もいらっしゃらないが 翌年7回目に出品された方が現在89才になられ元気に出品されている。d0330311_10324632.jpg


この展覧会は シルバー書道展というから 年齢制限がある。
最初の頃は60才以上だったが 何時頃からか65才以上になったが公募展などに出品していない人が出せる。
各府県毎での開催であるから 遠くへ見に行く必要もない。
高齢者も充実した生活を送ることを目標にしての開催である。
今年の最高齢者(女性)は95才。
「風吹不動天辺月 雪壓難摧澗底松」禅語を書かれていた。
風が吹くと草木は揺れ、天空の雲も風に煽られ流れ去るが 天上の月は動ずることがない。
艱難困苦に会おうとも決して負けることのない強い信念や意思をもって堪え忍ぶことが大事だという意味である。
95才まで悠々と書に励む方だから書ける事かも知れない。
男性の最高齢者は93才、般若心経を優しい筆致で書かれていた。
お二人とも半切の大きな作品である。
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半紙サイズ、半切、半切1/2の3種類での出品だが 大きな作品は少なく半紙サイズでの出品を希望される方が多くなってきた。


この展覧会の後、ブロ友 totte さんとお逢いしてお喋りに花が咲く。
年齢も違い 大昔からの友達でもないが こんなにも話が合う。ネット上での共通話題があるからだろうか。
改めてネットの力の大きさを感じる。
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by souu-3 | 2015-05-23 11:21 | 書道

聖徳太子の愛犬

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d0330311_17243492.jpg先日、ゆきま~るというケーキを買ったことを載せた。
このモデルである聖徳太子の愛犬「雪丸」の像がある達磨寺へ。
「大和名所絵図」に描かれている(赤い矢印)雪丸
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聖徳太子が飢人を助け埋葬したという説話を創建由緒とする臨済宗南禅寺派の寺院で、飢人は達磨大師の化身とされ 達磨寺3号墳が達磨大師のお墓だと言われている。
ここに あの雪丸が「達磨大師のお墓の丑寅(北東)に葬って下さい」と遺言したと「達磨寺略記」にも記されているそうだ。

その雪丸は何犬なのだろうと このお寺に行ったのだが・・・
王寺の駅からの陸橋には雪丸のイラストや足跡が続く。
お寺には土日は説明をして下さるボランティアさんもいらっしゃるそうだが平日は人っ子ひとり居ず何犬か聞くことは出来なかった。帰途、町役所で聞いてみたが「問い合わせは よくあるのですが伝説ですから判りません」とのこと。雑種かもと 小声で言われたけれど結局日本犬なのか洋犬なのかも判らずだった。

が、このお寺には

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上記の 飢人(達磨大師)を埋葬したとされる古墳(達磨寺3号墳)の上に本堂が建立されているようだ。
そして、
片岡八郎公、片岡春利公の墓所と 戦国大名・松永久秀の墓所がある。
以前、UPした奈良坂の眉間寺山と呼ばれていた標高115メートル、比高30メートルの山に多聞城を築城し、信貴山城で自害した あの松永久秀のお墓(写真右)が(京都にも墓所はあるらしいが)こんな小さいのに些か驚いた。

古墳が3基ある。本堂の3号墳の他に
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左、1号墳は横穴式石室(全長5.8m)が東向きに開口。
右は2号墳。1号墳のすぐ南側にある円墳、

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《薬師石》 目を閉じて近寄り、両手で抱けば病気が全癒すると伝えられる石である。
寛政三年(1791)「大和名所図会」に見える当時の境内絵図にも、「やくし石」が描かれている。

愛犬だけでなく 重要文化財など数々の見ものがあった。
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by souu-3 | 2015-05-21 00:22 | 奈良

限定品

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このところ雨が降ったり 止んだかと思うと暑くなったり また雨の予報だったり・・・
目まぐるしい。

日曜日の朝、7時過ぎに家を出て信貴山にある実家のお墓詣り、その足でお寺で催されている書道の錬成会に顔を出し 王寺の駅近くで販売されている限定品のケーキを購入。

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このケーキは1日20個限定。11時の開店に並ばなければ確実には買えない。開店後 1時間半くらいは大丈夫という日もあるようだが この日私の次に並んだ人は 5分遅れて行って買えなかったので早めに来たと言われていた。
人は買い難いとなると並んででも買おうと思う。同じものでも何時でも何処でも買えるなら 案外買わないものなのではないだろうか。
季節限定、個数限定、ここでしか買えないというのに弱いものだ。

d0330311_2012532.jpg王寺町の公式マスコット「雪丸」のケーキ「ゆきま~る」は 町と町商工会でつくる「雪丸実行委員会」公認スイーツとして販売されるようになって18日で1ヶ月。
雪丸実行委員会が企画し、依頼を受けたhinataが雪丸の好物の大福餅をイメージして創作。抹茶スポンジとイチゴのムース、ミルクのパンナコッタを重ねたものを求肥(ぎゅうひ)で包み、チョコレートで雪丸の顔が描かれている。
雪丸って?
このマスコット雪丸がネットでご挨拶。
「私は飛鳥時代に産まれ、聖徳太子のペットとして生きてきました。その時代に出会った達磨大師を慕い、達磨大師のお墓の丑虎(北東)に葬っていただきました。達磨寺に立派な石像を作っていただき、そこから現在も王寺を見守り続けています」と。
王寺町の観光・広報大使だそうだ。

雪丸は聖徳太子の愛犬だ。

1993年 姫路城と共に日本初世界遺産に登録された法隆寺は聖徳太子ゆかりの寺院であり 太子の愛犬が葬られている達磨寺も王寺町にある。
雪丸は人の言葉を話しお経を唱える事が出来たと言われ とても賢い犬だったそうだ。

早めに帰宅出来、お三時には一家揃って
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犬の顔を食べるのは 少々躊躇したが甘さ控えめで美味だった。








 
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by souu-3 | 2015-05-18 00:28 | 書道

ii birthday

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アイ(本名 ii (アイアイ))が今日 12才の誕生日を迎えました。

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リクと同じようにしてやりたいと ネットでケーキを注文したのが 今朝、届き記念撮影をしようと前に座らせると 冷凍で届き解凍出来ていないのに 舐め舐め!
アメリカのテキサスで誕生し 2004年5月29日に日本へ来て11年
当時1才になったばかりで 2才だったmomo姉ちゃんと2匹は関空の検疫所で2週間。やっとリクの居る奈良へ来たのです。その後、主人(娘の父)の病気で思いがけず長居をすることになり東京へ帰って行きました。
すっかり白髪の顔になりましたが 幼かった時と同じ顔をして一段と甘えん坊になったアイ。

その子が 再び我が家の子となって 3度目の誕生日を迎えました。

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荷物が届き 2匹で又々「何だろ?」と。

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リクの点検が済み

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お兄様の試食のあと
やっとアイは食べる事が出来ました。

リクは14才 それなりに老いを感じる事も多くなってきたのですが まだ兄として妹の面倒を見なければという気持ちがあるようで これが彼の元気になっているようです。
人間と同じですね。

キッチンドッグのblogにも掲載されました。 ここをクリック

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キウイのメス花が やっと一輪開花しました。
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オス花は沢山咲いているのですが 微妙に開花期がずれるので上手く交配してくれるか??普段、見たこともない蜂が何処かからかきているので お任せすれば良いのでしょう。


他所の子でも (More に ↓ )

More
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by souu-3 | 2015-05-15 13:55 | ペット

母の命日

30年前の今日 母はこの世を去りました。
母が30歳の時、私はこの世に誕生したのです。だから母の齢になりました。母より長生きしそうです。
如何みても「べっぴんさん」ではなかった母にそっくりな私です。
暗くなった電車の窓に映る顔が母かと思ったことがありました。似ているのです。
49歳で未亡人になった母。
亡くなる前、長く生き過ぎたと申しました。今思えばまだまだ生きられる年齢だと思うのですが。


久しぶりに文字の話
d0330311_6221100.jpgこの亀の甲羅は中国の博物館に展示されていたものです。3000年以上前のものですが こんなに綺麗な状態で残っているのです。

文字もはっきり見えます。

d0330311_6244120.jpgこの骨も同じ所に展示されていました。
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一番下の部分には「亀」の文字が書かれています。
え?絵だろうって。
当時の文字は こうだったのです。
d0330311_8271763.jpgこの方が判りますか?
漢字の元の字は横から見た姿が多いのです。
その形が旧字体「龜」となりました。この象形文字の形からは 旧字体の漢字が判り易いですね。
元々 中国は勿論、日本、韓国、台湾でも使われていました。現在、この書体を使っているのは台湾だけで 日本では「亀」中国の簡体字は「龟」です。

d0330311_8593781.jpg6月30日 近くの小学校へ地元の公民館の書道クラブの皆さんが出前授業に行くことになったのですが その時、この甲骨文字を持っていこうと思っています。
小学校で習う 動物、生物の文字を書いてもらう予定です。
奈良の学校ですので「鹿」と甲骨の「亀」をプラスすることにしました。

楽しんで書いてもらえるでしょうか?

これを切っ掛けに 漢字や書道を好きになる子が出来ると嬉しいなぁ と思っています。



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えんどう豆の収穫期なのでしょう。到来物の豆は 豆ごはんにし残りは冷凍にして かやくご飯や焼き飯、ハヤシライスなど小出しにして使うと とても便利です。重宝させてもらえます。
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by souu-3 | 2015-05-13 09:19 | 文字の成り立ち・漢字

頭塔

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d0330311_1403894.jpg前回、記載した奈良の高畑町にある「頭塔」は 奈良時代、藤原広嗣のたたりで死んだ僧玄昉の頭を埋めたとの伝説があるらしいが 古文書には東大寺の僧・実忠が土塔を築いたと記録されているようだ。

← 春と秋の一般公開以外は現地管理人・仲村表具店へ前日までに申し込んで この入口の錠前を開けてもらって入る。

当初は東西南北の各面に11基ずつ、計44基設置されていたものと考えられているようで東・西・北面の石仏は復元整備後、屋根付きの壁龕に安置されているが、南面の石仏は土の上に直接置かれている。
五重塔などと同じように仏舎利を納める仏塔と考えられている。
そのうち、1基は郡山城の石垣に転用されたらしいが 郡山の住民は こういう多くの話を聞く度に肩身が狭い。(私の所為ではないが・・・)

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↑ 南面はこのようになっている。

頭塔に関することを検索していると「私はこの頭塔さんのある高畑町で生まれ、この頭塔さんを遊び場所にしていました。もちろんその頃は頭塔がそんな歴史的に由緒ある場所であることなど知るよしもなく 山遊びや、格好の「かくれんぼ」の場所であつただけのことなのですが 荒れ放題であったような気がします。お年寄りが道脇の崖に寄りかかるような石仏にお花や線香を供えているのが、妙に気になったのを覚えています。
久しぶりに奈良に帰った時、整備されすぎていて、私の目には、「よそ行き」の頭塔さんで、何かよそよそしささえ感じる姿でした。」=抜粋させて戴いた失礼お許し下さい=と書かれていた。

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左は整備前、右は発掘調査されている頭塔。
石積が崩れた部分があったり、石仏がなくなっていたりと、欠けた部分が多かった頭塔は復原された、瓦の部分は復原されたのではなく石仏を直射日光や風雨から保護するため設置されたようだ。
南半分は現状保存されているが 北半分は発掘調査し、非常に美しく整備されている。

横道に逸れるが 現在、郡山城も危険防止の為 石垣を積み直しているが ここのように綺麗になり過ぎるのではないかと 前の文章を読みながら 昔の面影がなくなるのも寂しい気持になる。

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石仏の写真と拓本は同じではないが 展示されていた拓本も写真に収めてきた。



珍しいピラミッドのような頭塔であるが これに似たものが大阪・堺に大野寺土塔(おおのでらどとう)がある。
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こちらは行基さんによって大野寺が創建され、その際に土塔も築かれたとされている。
周辺から瓦の寄進者と思われる名前が刻まれたものが出土しているようで 階段状になった13重の塔である。

【追加】
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今日は母の日
荷物が届くと犬たちは「何?!なに」と開けるまで興味津々。
あ、食べられないのか!些かガッカリして その場を離れる。アイはママの匂いもない お店から直接送られてきたのだろうから興味なしだった。

More=今月のカレンダー=
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by souu-3 | 2015-05-10 06:37 | 奈良

五月の風

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GWも終り 久しぶりにお稽古をした。
時間がたっぷりあった筈なのに 適当な字を書いて来た人が多い。人間 時間がない時ほど真剣になれるものなのだろう。

お休み最終日の午後。
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一般公開の最終日。奈良のピラミッド「頭塔」を見に行った。詳しい事は後日に

一番の目的は 次回の展覧会に使う画仙紙を買いに行く事だったが 高畑から始まって5.6ヶ所を回ってきた。
頭塔の入り口で思いがけない人に出会った。古事記輪読会のメンバーの一人が案内役のボランティアをしていた。ひとしきりお喋りをして・・・

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瑜伽神社の横を通って・・・
先を急ぐ。

ここには 奈良時代大伴坂上郎女が元興寺の里をながめてよんだ歌碑がある。
古郷之飛鳥者雖有青丹吉平城之明日香乎見楽思好裳
ふるさとのあすかはあれどあおによしならのあすかをみらくしよしも
=故郷の 飛鳥はあれど あをによし 奈良の明日香を 見らくしよしも= 万葉集992

 
ゆっくり時間を取って散策すると良いのだが 気忙しいこと。


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懇意にしている 筆屋さんが 最近移転され店舗が新しくなった。
奈良町の道路は 行くと判るのだが説明するのが難しい。と私は思っている。ここも通りから路地のような所を入って行く。
この暖簾のお店の向こう側を入って行く。ここでもお茶をよばれてお喋りをして・・筆は1本しか買わない。
最近、沢山買うほど使わないって訳ではないが 財政も苦しいので必要最低限にしている。これも終活!?

次!
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若い人が 数人で「マトリョーシカ展」を開催している。先日、古事記カルタのことを ここに書いたが あの時賣太神社に来てくれた上村さんも出展。
奈良町にあるギャルリ・サンクは1年半ほど前に出来たギャラリーだ。以前にも行った事があるが この辺には画廊が増えている。
今回の展覧会は 何紙かの新聞に載ったこともあり大勢の来場者があるようだ。
夫々個性豊かな作品が並ぶ。若い人の活躍が楽しみだ。

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ここから 得意の早足で人を掻き分け 次の目的地へ!
GW中 最終日も奈良は大勢の人が歩いている。夜、TVで京都が放映されていたが やっぱり負けてはいるが。
「ことのまあかり」東向き商店街と小西通りを繋ぐ横の道にある。
この日は 逢いたい人は居ない日だったが ちょっと買い物と一服。

そして
目的の物を購入。
パッパと見て あ!これで良し!
久しぶりに 真面目に仮名作品を書こうと 古い画仙紙を出してくると墨が入らない。
仮名用の紙は特に何年も経つと無理だ。大事に残しておくものではない。
新しい砂子を散りばめた画仙紙。1枚800円ほど。これも1反(100枚)も買うと残るので必要なだけ。
夏の展覧会に ちゃんと完成するかな?

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忙しかったけれど 一度に用事が出来て清々しい。

やったね~~!









 
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by souu-3 | 2015-05-08 06:36 | 書道
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一瞬のきらめきを求めて


by souu-3
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