玉響記=たまゆらのき=

souu3.exblog.jp ブログトップ

<   2015年 02月 ( 12 )   > この月の画像一覧

奈良きたまち 1

d0330311_19361775.jpg

東大寺・修二会のクライマックスであるお松明が始まろうとしている。
そんな日、奈良きたまちを散策した。
d0330311_19402472.jpg

近鉄奈良駅から東向き商店街北通りを行くと奈良女子大がある。
この商店街は40年近く前、娘がYMCAの体操教室へ通っていた頃、子供たちが体操中、親は近くの喫茶店などでお喋りに夢中だった。皆、若かったなぁ。今、その子たちは当時の親の年齢を超えている。
d0330311_19404879.jpg

d0330311_19432417.jpg更に進み 佐保川を越えると聖武天皇の御陵が光明皇后の御陵と隣り合っている。
この佐保川にお椀の舟を浮かべて乗っていると我が家の近くまで帰る事が出来る。なんておとぎ話のようなことを思いながら歩く。

天平年間( 729~749年 )は災害や疫病( 天然痘 )が多発したため、聖武天皇と光明皇后は 仏教に深く帰依し 仏教の力で国を治める国分寺 国分尼寺を建立するとともに、天平16( 743 )年 には 東大寺盧舎那仏像 の建立の詔を出して、大事業に着手した。

正面に 第45代 聖武天皇佐保山南陵
その東側に 仁正皇后佐保山東陵がある。 光明皇后の御陵である。
光明皇后は藤原 安宿媛( あすかべ ひめ )、藤原 光明子( こうみょうし )、藤三娘( とうさんじょう )ともいう。 光明皇后 というのは 諡号や追号ではなく通称で、正式な尊号は「 天平応真仁正皇太后 」 (てんぴょう おうしんにん しょうこうたいごう )という。
佐保山一帯には元明・元正天皇陵など奈良時代の天皇や皇族の陵墓が数多くある。
d0330311_20261388.jpgここから東に進む。
最近、話題になっている「仁丹」の町名表示板が!
昨年末から京都で、「仁丹」の商標入り町名表示板10枚が盗まれたとみられる。というニュースが新聞などに載った。
「森下仁丹(大阪市)が約100年前、広告を兼ねて全国の町に設置したが、700枚超ものまとまった数が残っているのは京都市内だけで、レトロな雰囲気と希少さから転売目的もあるとみられる」            

何が新聞を賑わすか・・・
その町名表示板が目に留まった。

d0330311_2039264.jpgd0330311_2046385.jpg
坂を上って行くと多聞城跡へと。
ここは現在、若草中学校であるが、永禄2年(1559)、筒井順慶を破った松永久秀が翌年、眉間寺山(みけんじやま)に築城、多聞城と名づけた。城の完成には5年の歳月を要した。4階櫓をもつ壮麗なもので、4階櫓は近世城郭の天守の先駆けとなり、「多聞櫓」の言葉もこの多聞城に由来するといわれる。
 
久秀が、上洛した織田信長に帰順し城を明け渡すと、信長は明知光秀、柴田勝家を入れた。信貴山城(しぎさんじょう)で久秀が滅亡した後、信長の命を受けた順慶によって完全に破壊され、久秀が大和統一に築いた多聞城は、築城からわずか18年で歴史を閉じた。石垣は筒井城に運ばれ、さらに郡山城築城に使われた。

d0330311_20522466.jpg

ここから出土したお地蔵様などを こうして集められている。

d0330311_20543787.jpg

ここから奈良の街が一望出来る。若草山、東大寺、興福寺が望める。

=続く=
[PR]
by souu-3 | 2015-02-28 21:03 | 奈良 | Comments(6)

リク ♪ birthday ♫

d0330311_1556969.jpg

本日2月25日、リクは14歳の誕生日を迎えました。

4才の時、椎間板ヘルニアで下半身が不自由になり、3月15日で丸10年になりますが この間、手術3回(膀胱結石で2回、前立腺肥大を防ぐため去勢手術と歯石除去)膀胱炎など何度も病気をし、現在は月1回検尿をしながら薬を服用し完治は無理でも現状を保つようにしながら 先ず先ず元気に過ごしています。

d0330311_16174381.jpg

いつもはアイと この通り

でも
d0330311_16184242.jpg

食べ物が目の前にあると ちょっと険悪。のんびりスローなリクとすばしっこいアイ、
喧嘩にならないように・・・

「今日のはリクのだよ」なんて理屈は通らない。
判っちゃいるけど 食べたいもん!

中々貰えないことが判って ここを離れたアイ
d0330311_1623159.jpg

ネットで注文したMt.DELI (モンデリ)
ケーキの形をしたゴハンで、柔らかく炊いた発芽玄米、馬肉のボイル、各種旬のビタミンたっぷりな野菜が入った寒天寄せです。東京から送られたものなので冷凍。これが少しずつ解凍出来・・・

アイの居ない間に舐め舐めしとこ!
これ 一度には食べられないよね。
プレートのクッキーを食べよ! あ、アイちゃんも欲しいって出てきた。少し分けてあげるよ。
ちょっと硬いけど「美味しい!」
アイちゃんは食べるの早いねー。

夕食に又食べようね。

【追加】
このケーキの販売店Kitchen Dog!のブログ(リンクあり)に同じ写真ですが掲載されました。

d0330311_16401477.png


第4回目となる「大和な雛まつり」が大和郡山の旧市街地一帯で21日(3月8日まで)から開催されている。
色々新しい試みもあるようだが4回目となると以前載せたものとダブるし私の情熱がない。

d0330311_16473539.jpg
 
御贔屓のパン屋さん「豆パン屋アポロ」のパンで作ったお雛様。
今年はお内裏様、三人官女、五人囃子と賑やかだ。
[PR]
by souu-3 | 2015-02-25 17:00 | ペット | Comments(28)

春日大社 2

d0330311_14503786.jpg

春日大社は30万坪の境内があり自然が保たれている。
1300年前、都が出来た頃 日本の安泰と国民の幸せを願い御蓋山の麓に社殿を造営し 四柱の神々をお祀りしたのが始まりである。
南門をくぐると幣殿があり林檎の庭の正面に御本殿(↑)がある。
d0330311_15214615.jpg左手には大杉。
周囲7.94m、高さ23m、樹齢1000年とも言われ 鎌倉時代後期(1309)の「春日権現験記」には幼木の姿で描かれている。

主人と結婚する前 この杉の前で撮った写真がある。
あの頃はカメラを持参して撮ってくれていたのに 最近は・・いや、何年も前からカメラなど触ったことがあるのかという感じである。

 
この側にある祠は岩本神社
住吉明神をお祀りされている。
受験合格と和歌の神様である。

d0330311_15394852.jpg







この大杉の根元から斜めに伸びているのはイブキ(ビャクシン)で直会殿の屋根に穴をあけて生やしている。

この直会殿の南側に砂ずりの藤がある。
d0330311_15443181.jpg

直会殿の中は撮影などはダメだけど ぐっと後ろから。こんな感じである。

d0330311_1549426.jpg

春日大社の中には沢山の神様が祀られている。
d0330311_15554286.jpg

多賀神社
生き物・生命の根源を司る延命長寿の神様である。多賀様の御神助によって焼打ちにあった大仏殿が復興出来た故事により仕事の完遂を導く神様と信仰されている。

d0330311_1556135.jpg

風宮神社
生命を司り 人々が知らぬうちに犯してしまう罪を風の如く吹き払い清めて下さる神様である。

d0330311_15564283.jpg

春日大社は東西南北回廊に囲まれている。元々築地塀だったが平安時代に回廊に改築された。
今回、特別拝観出来た御蓋山浮雲峰遥拝所の内側にある塀は 東北角で鬼門に当たるため 板葺の築地塀のままになっている。
 
d0330311_155715.jpg奈良は寒い この時期、人も少なく ひっそりと静かであるが 最近、観光客が多い。
京都や大阪、神戸の南京町、東京も多いとTVなどでも報じているが電車に乗っても食事をしても 聞き慣れない言葉が行き交っている。
今は春節で尚 多いのだろう。
この絵馬にも日本語以外の文字が並んでいる。

もうすぐ修二会も始まり春になると一段と増える事を願う。
[PR]
by souu-3 | 2015-02-23 05:43 | 奈良 | Comments(16)

春日大社 1

d0330311_117735.jpg

d0330311_1173166.jpg展覧会で すぐ近くまで行っても一度に済ますことが出来ず 改めて税務署まで確定申告に行った。


県庁東の交差点の道標には西面に右大坂[大阪] 者(は)せ[初瀬] 
左うぢ[宇治] 京 
横(南面)には 右 かす可[春日] 大ぶつ とある。
この日は 春日大社を目指して只管歩く。

ずっと気になっていたお詣りをするため春日さんへ・・・

序で詣りはいけないのだろうが 改めてということにしてもらって 最近の不幸事などを払拭したいとお詣りした。
直会殿で瞑想し神への手紙を書く。

今年から来年にかけて第60次式年造替の年であるから 3月20日まで御蓋山浮雲峰遥拝所参拝、後殿御門の開門、藤浪之屋で万燈籠が特別公開中だ。


d0330311_12594480.jpg

御蓋山浮雲峰遥拝所は奈良時代の初め平城京守護のため、鹿島の武甕槌命が白鹿の背に乗って天降られた神蹟、御蓋山の頂上浮雲峰の遥拝所で神護景雲2年(768)に本殿が創建される前に神奈備として崇められ 現在も禁足地として入山制限されている。
d0330311_13153159.jpg

d0330311_13155290.jpg

後殿御門は 明治維新以来 閉ざされたままになっていたが約140年ぶりに開門されている。
御本殿の真後ろにある庭で 災難厄除けの神々がお鎮まりになっている。

d0330311_13251946.jpg

江戸時代まで神職の詰所だった藤浪之屋で 2月の節分とお盆(8/14,15)に点される万燈籠を体感出来るようにしてある。

d0330311_1330192.jpg

桜も蕾を膨らませはじめた。
d0330311_13303735.jpg

鹿たちも 春の訪れを心待ちにしているようだ。

=お水取り=

1264回目を迎える東大寺修二会は 昨年12月16日参籠の練行衆交名発表があり、毎年お松明用の竹送りなどが行われ、2月12日に新入称揚習礼、新入さんのみ15日別火入り 18日には 二月堂にて修二会で使用する灯明油の「油はかり」があった。
そして20日、戒壇院別火坊にて試別火が始まる。
この日、午後6時半過ぎ僧侶10名が集まり(練行衆は新入とで11名) 道具の準備や声明の稽古などに励む。
俗世と区別した火を用いる意から別火という。25日までを試別火、26日から総別火となる。
3月1日から14日まで本行、15日で満行となる。
[PR]
by souu-3 | 2015-02-21 14:26 | 奈良 | Comments(18)

日本の書展 2

d0330311_1027157.gif

奈良新聞、奈良県知事、奈良市長等の挨拶とテープカットで日本の書展が始まった。

早速、大勢の人が訪れ会場は賑やかだ。
知り合いの顔も あっちこっちに見かけ喋っている内にパーティーの時間が迫ってきた。

d0330311_10331727.jpg乾杯の後、二胡の演奏を聴きながら 「七夕さんみたいだね」なんて久しぶりに逢う旧知の人々と歓談。

d0330311_10362247.jpg








奈良県で活動している書家が 各会から出品しているが 嘗て同じ会に所属していた人も多い。
会の中でも師匠が亡くなったり 色んな事情で他の会へ移籍したり独立したり 長い年月には変化がある。
それでも久しぶりに逢うと打ち解ける事が出来るのは有難い。

そんな中で 当時元気で活躍していた人が もう、この世にいらっしゃらない、書道を止められた、と聞くと年月の経ったことを実感する。

翌朝の奈良新聞には この様子が掲載される。
d0330311_10464070.jpg

オープニングで集まった中と パーティーでの乾杯の中に写っている。 (矢印のところ)

d0330311_10495246.jpg

新聞社にデータを送った時、作品の下に書いた文章は展示した時に書くと申し上げたので ここに。
「旅とは今いる場所を離れること 古事記の神も人も縦横無尽に旅をする しかしその旅は決して好奇心にかられたものでも気分転換のためでもない 彼らは必ずいつも心に何か抱え その何かを解決するために高天原 葦原中国根之堅州を行き来し東奔西走し地上から海の国へと旅をする そんな旅をするのは大抵男神や皇子たちで旅先で出合った女神や女性が彼らに手をさしのべる」

パーティー終了後 隣にある美術館で「富本憲吉展・華麗なる色絵・金銀彩」を観る。
d0330311_10565536.jpg

65才以上は無料。見学者は少ない。
安堵町にあった富本憲吉記念館には自転車や徒歩で何度か行った事があるが 2012年に入場者の減少で閉館し、現在は公益社団法人ソーシャル・サイエンス・ラボの手に移っている。
富本憲吉さんは中学時代 郡山中学まで8K(そんなにあるかな?)を徒歩通学していたというから こちらから安堵まで歩ける距離である。
彼の白磁、羊歯文様が大好きだ。

久しぶりに素晴らしい作品たちと出会え良い時間を過ごせた。
[PR]
by souu-3 | 2015-02-19 11:40 | 書道 | Comments(14)

日本の書展

d0330311_2125273.jpg

奈良での開催である「日本の書展」が明日オープン!

d0330311_2141822.jpg

各会から数名ずつ出席して展示をした。大方のところ業者がしてくれるが 一部分と名札付など1時間半程度のお手伝い。
奈良までは電車で1駅、4分。そこから徒歩20分くらい掛かるだろうか、バスに乗れば5分くらいかな?
会場までは楽に行ける。

d0330311_21102654.jpg

今年も奈良県内の市町村長の色紙も展示されている。
我が市長は「昨年の市制60周年のフィナーレでわが市は世の中の病んでいる部分を癒す場所ではないかという結論になった。足元を見て 自分たちの地域に誇りを持ちたい。魅力を知り発信するパワーにしていきたい」と解説を書かれ「脚下照顧」の詞を書かれている。
他に向かって理屈を言う前に、まず自分の足元を見て自分のことをよく反省すること。他に向かって悟りを追求せず、まず自分の本性をよく見つめよという戒めの語である。
d0330311_21121229.jpg毎年、所属している会で発行する競書雑誌の記事にするため 会員の作品写真と簡単な説明を出す。
何時の間にか 私の仕事になってしまって 何時もはオープニングの日に撮影するが今回は搬入の合間にし 帰宅後原稿も作成した。
全作品半切で横が1点、他 縦作品が10点である。

搬入後 車で来ていた人が乗せて帰ってくれた。
途中、もう少しで奈良駅だったが道路の真ん中を通っていると降りる事も出来ない。
そのまま 進むと何処まで行くのかと思う方へ遠回り。ここら辺は自転車でも来るよ、って所を通り・・・あれ?ここは何処?
あれ、あれ随分遠くへ?
やっと近くの駅に着いたのは 小一時間も経っていただろうか?開場まで家から自転車で行くより時間が掛かっている。
車って不便なんだなぁ
でも、お喋りしながら楽しいドライブだった。
[PR]
by souu-3 | 2015-02-17 21:47 | 書道 | Comments(8)

素子さんへ

d0330311_8254882.jpg

あなたが 逝って10日が過ぎました。
11月、お腹の調子が悪いと言い病院へ行ってから まだ、2か月余りです。
丁度、1年前 私も同じ臓器の数値が悪く落ち込んでいた時 「検査し過ぎよ」と言われたけれど あれから1年経って 私は元気になりました。
d0330311_83111.jpgなのに、貴女は如何して?
・・・・

私が病気になったら毎日来てくれると言ったよね。
掃除は文句を言われそうだからしないよ。
料理も作らないよ。
でも、毎日顔を見に行くから。
って言ってくれたよね。

それなのに
先に逝ってしまうなんて・・・

                        約束を破るような人ではなかった筈なのに。

d0330311_8391377.jpg

あの日から 奈良にも雪が舞った日もありました。

いっぱいお話しましたね・・・

訃報を聞いた夜は ずっとその言葉が次々思い出されて眠れませんでした。

全て自分で段取りして息子さんに託したのね。お通夜もお葬式も拒否され残された者は如何すれば良いのか狼狽えました。
お葬式の日、斎場の方に向かって手を合わせました。
有難う!
この世で巡り合えて
良かった。
ありがとう!

d0330311_8494134.jpg

庭の梅も咲き始めました。
[PR]
by souu-3 | 2015-02-15 08:55 | 雑記 | Comments(11)

朝ドラ

随分、色んな朝ドラを観た。
今回も 極当たり前のように時間が来ると観ている。
日本初のスコッチウイスキー造りに挑むニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝さんをモデルにしたドラマであるが その内助の功であった竹鶴リタさん(劇中では亀山エリー)が我が母校で英語の教員として教鞭をとっていたことがあったらしい。
d0330311_17413730.jpg

先日、送ってきた学園報に当時の履歴書と共に掲載されていた。
リタさんが来日して間もない大正10年頃らしい。
リタさんは 1961年(昭和36年)1月17日に亡くなられているようだが 勿論、私が入学した当時は北海道だったのではないだろうか。
この写真は大正10年、高等女学校第1回卒業アルバムに掲載されたものらしい。


【義理チョコ】

d0330311_935379.jpg

もう、豆撒きの豆はないけれどアーモンドを入れたら・・・?ジャムを入れてみたら、とやってみた。
苺にホワイトチョコを、ちょっと硬いので牛乳で溶いてみたら中々固まらない。
失敗!
気の使わない人に無理やり押し売りしよう!
迷惑だろうな。

d0330311_982639.jpg今朝、
友達のお孫さんが作ったのを戴いた。

可愛い!

バアサンは
完敗!

色んな事に
敗北を感じる。

選手交代の時期だろうか?

[PR]
by souu-3 | 2015-02-13 05:20 | 雑記 | Comments(28)

福豆 変身!

d0330311_15575795.jpg

相変わらず 朝は日の出と共にウォーキング開始。
東の山から太陽が昇ってくるのを見ながら歩くのは爽快だ。

このところ、色んな事があるけれどお喋りしながら歩いていると何もかも忘れて「今日も元気で1日過ごせそうだ」と思える。
先日、豆撒きを忘れたことは報告済みであるが 年の数以上には中々食べ難いものだ。
残ってしまった豆を捨てるのもなぁ
戦後の物のない時代を過ごした者には抵抗がある。

岩谷時子さんの「愛と哀しみのルフラン」に
<小学生時代、夏になるといつも西宮の海に行った。そのころ、海辺では、煎ったそら豆ひと握りほど、晒木綿の袋に入れたのを売っていて、大人も子供も、これを腰に下げて泳いだ。
 今考えるとゾッとするような非衛生な話だが、海の中で遊んだあと、熱い砂の上にすわって、袋から、そら豆を出して食べるのがまた、海水浴の楽しみのひとつだったのである。そら豆は、海の水に浸されてやわらかくなり、適度の塩味までついていておいしかった。
その頃の海は青く、そら豆を食べて病気になったという話しも、聞いた覚えがない。
みんな同じ型の黒い粗末な水着で、そら豆を腰に下げて泳いだ・・・、 幸せだったのではないだろうか。西宮の海も、もう泳げないそうである。>

豆撒きの豆ではない。ソラマメだけど 私もこの経験はある。西宮の海でなく南海沿線の二色浜や助松だった。
だから、捨てられない。

こんな時
検索!検索
わぁ~~ 豆が残る人っていっぱいいるらしい。
豆ごはん、野菜と一緒に五目豆、ヒジキ煮、かき揚げ、豆菓子などお菓子も・・出てくる出てくる!
皆さん 残るんだ!去年までは残さないよう全部豆撒きに使って翌朝の掃除が大変だったが。
チョコロッシュ風というのを作ることにした。

d0330311_15583735.jpg


電子レンジでというが バアサンは湯せんすれば良いのじゃないかと、PC通りでなく何時ものように適当にやった。超簡単! (言葉だけは若作り?)

これを夫のバレンタインのプレゼントに?
d0330311_1559933.jpgイヤイヤ もう用意したのだ。
当日まで内緒にしてあるが 皆さんにはお見せしよう。
(*^▽^)/★*☆♪


中身は・・・

d0330311_15592967.jpg

こんな物⇒

d0330311_15594924.jpg

最近、殆ど飲まなくなったが これなら大丈夫。
夫へのプレゼントは私の好みで良い。
どうせ 私も食べるんだから。



  ↓
「More」あり

More=母の歳=
[PR]
by souu-3 | 2015-02-10 05:18 | 雑記 | Comments(18)

カフェ open !

d0330311_11113626.jpg

娘の小学校時代からの親友が、今月23日のオープンを目指してカフェの準備を進めている。

ARISECAFE(アライズカフェ)
大和郡山市紺屋町2  9:30~17:00 不定休

d0330311_11122280.jpg城下町郡山には 紺屋町という地名が残っているが この通りの真ん中には昔、染物をしていた小川が残されている。
その通りの東端に このカフェが誕生する。
この店の前に三椏(みつまた)が飾られていた。

三椏と言えば書道の紙であるが墨・インクの両方との相性が良く、紙幣にも使われている。
三椏の繊維は柔軟で細くて光沢があり、紙の表面が滑らかで繊細である。仮名用用紙などに使われる。

ミツマタは沈丁花科ミツマタ属で3月から4月頃に咲くが 今の時期はこんな←感じで 開花した花はネットからお借りした。
「春されば まず三枝(さきくさ)の幸(さき)くあらば 後(のち)にも逢はむな恋(こ)ひそ吾妹(わぎも)」万葉集2895 柿本人麻呂
春が来るとまず咲き出す三枝のように無事でいたならまた廻り逢えるのだから そんなに恋しがらないでおくれ わが妻よ

[PR]
by souu-3 | 2015-02-07 06:09 | 雑記 | Comments(20)
line

一瞬のきらめきを求めて


by souu-3
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー