玉響記=たまゆらのき=

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山の辺の歌碑 3 & 京へのいざない

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9月13日、京都国立博物館・平成知新館がオープンした。
d0330311_17243630.jpg 設計は、ニューヨーク近代美術館 新館、東京国立博物館 法隆寺宝物館、豊田市美術館などを手がけた世界的建築家、谷口吉生氏。
10年前、讃岐美術館巡りをしたとき、MIMOKA(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)で小佐古館長が 偶々来館されていた谷口吉生氏を紹介して下さった。(勿論、その時一緒に写真を撮っただけ)
← 右から3人目 谷口氏、4人目館長。

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このオープン記念で 京都国立博物館収蔵の名品が一堂に会する「京(みやこ)へのいざない」が開催されている。この展覧会では、それぞれの時代を彩るに相応しい作品を選りすぐり、各展示室ごとにテーマをもうけ、展示されている。

d0330311_17444495.jpg10月30日は 白川静先生の命日である。
少し早めに 漢字の仲間とお参りした。
その帰り 京博へ行った。

明治古都館では 鳥獣戯画と高山寺が開催されているが 待ち時間は1時間、長い行列が出来ていた。
平成知新館は ロビーは3層吹き抜けで広くゆったりしている。
国宝、重文がズラリと展示される中、私にとっては継色紙が最高だった。 全て観終わって再度見に行った。

入口近くにあるミュージアムショップでハガキを見ていると やはりハガキを求めている人が谷口氏にとても似ていて気になっていた。その時は この知新館の設計者であることは知らなかったが そうだったのだろうか?




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山の辺の歌碑
最終は 古事記より2基
左は 神武天皇御製
葦原の 繁こき小家(をや)に 菅畳 いや清(さや)敷きて 我が二人寝し

葦原の、葦の繁った小屋に、菅の蓆(むしろ)をすっかり清めて敷いて、二人は寝たんだよ。

伊須気余理比売を宮に召したとき、狭井川のほとりの比売の家で一夜を過ごした昔日を思い出して詠んだ歌という。

右は
刀匠・月山貞一の書
狭井河よ 雲立ち移り畝傍山 木の葉さやぎぬ 風吹かむとす

狭井河の方から雲が立ち起こって、畝傍山の樹の葉が騒いでいる。風が吹き出しますよ。

神武天皇がお隠れになってから、その庶兄の当芸志美美の命(たぎしみみのみこと)が、皇后の伊須気余理比売に言い寄るのであるがその時に、三人の皇子たちを殺そうとして謀ったので、母君の伊須気余理比売がご心配になって、歌でこの事を御子たちにお知らせになった。
神武天皇の皇后の伊須気余理比売の歌で、叙景歌であるが、危急を知らせる風刺歌である。「風吹かむとす」は危険が迫っていることの隠喩。

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【グレース・オブ・モナコ】
最近、見たいと思っていた映画の3本目は「グレース・オブ・モナコ」
世紀の結婚式から6年経った1962年、グレース・ケリーはモナコ宮殿のしきたりに馴染めず社交の場で女性が政治に意見するのはアメリカ流だと皮肉られ、夫のレーニエからも公の場では美しいだけの人形でいることを望まれる。

夫と「お父さんの所へ嫁ぐのとはエライ違いやなぁ」なぁ~んて話しながら帰宅した。



【年賀はがき発売】
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年賀はがきの発売が例年より早く30日販売された。
同時に干支文字切手、年賀用の切手も売り出された。
一度に各種購入。

もう、こんな季節になったのかと気忙しく感じる。

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by souu-3 | 2014-10-31 06:09 | 関西

山の辺の歌碑 2

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大和(倭)は國のまほろば たたなづく青がき(垣) 山ごもれる(隠れる)大和(倭)し 美し

これは万葉歌ではなく 古事記に記載されている。倭建命が各地に遠征を続け故郷大和を目前にして伊勢の能煩野(のぼの)で亡くなる直前 ふるさとを偲んで歌ったものである。
10月24日に記したが 川端康成の揮毫である。

大和は国々の中でも格別に優れた国だ。幾重にも重なる青々とした垣をなす山に囲まれた大和は何と美しい国だろう

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たくさんの柿の実が熟す木の近くに この碑は建てられていた。

髙山波 雲根火雄男志等 耳梨與 相諍競伎 神代従 如此爾有良之 古昔母 然爾有許曽 虚蝉毛 嬬乎 相挌良思吉 [13]

香具山は 畝火(うねび)雄々(をを)しと 耳成(みみなし)と 相(あひ)争ひき 神代より かくにあるらし 古(いにしえ)も然( しか)にあれこそ  うつせみも 嬬(妻)を争ふらしき

中大兄皇子
揮毫者 東山魁夷


香具山は畝傍山がいとしくて 耳成山と戦った古代からそうだった 昔からそうだったのだから現代でも妻を奪い合うのですよ


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古の人の植ゑけむ杉が枝に霞たなびく春は来ぬらし  [1814]

柿本人麿
揮毫者 神宮大宮司 高?敬(草書体で書かれていて こんな風に見えるが よく判らない?)

昔の人が植えたという杉の枝に霞がたなびいている。春はやってきたらしい。 




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やま布きのたちよそひたる やま之みつ久美耳いかめど道の志ら奈く  [158]

山振(やまぶき)の立ち儀(よそ)ひたる山清水酌みに行かめど道の知らなく

揮毫者 ?(複雑なサインがあるが読めない)

黄色い花の山吹がまわりにたってかざっている山の清水を汲みに行こうと思うが(黄泉までも訪ねて行きたいと思うが)道が分らないことである。




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額田王下近江國時作歌 井戸王即和歌
味酒 三輪乃山 青丹吉 奈良能山乃 山際 伊隠萬代 道隈 伊積流萬代尓 委曲毛 見管行武雄 數々毛 見放武八萬雄 情無 雲乃 隠障倍之也
   反歌
三輪山乎 然毛隠賀 雲谷裳 情有南畝 可苦佐布倍思哉
[17] [18]

額田王の近江国に下りし時に作れる歌、井戸(ゐのへの)王のすなはち和(こた)へたる歌
味酒(うまさけ) 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際(ま)に い隠(かく)るまで 道の隈(くま) い積(つも)るまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放(みさ)けむ山を 情(こころ)なく 雲の 隠(かく)さふべしや
   反歌
三輪山を しかも隠すか 雲だにも 情(こころ)あらなも 隠さふべしや

揮毫者 皇學館大學教授 千田 憲


なつかしい三輪山が奈良の山の端(はし)に隠れるまで、いくつもの道の曲がり角を過ぎるまで、よくよく見て行こうと思う、その山を(何度も見たい山なのに) 雲が隠したりしていいものでしょうか。
反歌(長歌のあとに添えられている1首または数首の短歌)
名残惜しい三輪山を、どうしてこんなに隠すのか。せめて雲だけでもやさしい情けがあってほしい、隠さないでおくれ。








 
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by souu-3 | 2014-10-29 00:13 | 奈良

山の辺の歌碑 1

奈良には歌碑が多数みられるが 先日歩いた山の辺の道には古事記の中にある歌や万葉歌の歌碑が多い。
1380年~1250年程前 ここで歌人たちが大和三山(耳成・畝傍・香久山)を遠望しながら詠んだのであろうか。
当日、撮影出来た万葉歌碑を 巻向辺りから三輪へ向かって 粗、順次掲載し万葉仮名で書かれたものは漢字で 訓で書かれた歌はそのままで記す。詠み人と揮毫者も判るものは記しておく。
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ぬばたまの夜さり来れば巻向の川音(かわと)高しも嵐かも疾(と)  実篤 [1101]
揮毫者は 武者小路実篤

夜になってくると 巻向川の川音が高い。嵐が激しいのであろうか。



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柿本人麿
痛足河 河浪立奴 巻目之 由槻我高仁 雲居立有良志
 [1087]
揮毫者は棟方志功

痛足川(あなしがわ)川波立ちぬ巻目(まきもく)の由槻(ゆつき)が嶽(たけ)に雲居立てるらし

痛足川とは穴師の地を流れる川で巻向山に発し三輪山の北を西流し初瀬川に入る。巻向川ともいう。

痛足川に川波が立っている。巻目の弓月が嶽に雲がわき上っているらしい。


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足引きの山かも高き巻向の岸の小松にみ雪降り来る

柿本朝臣人麿の歌集に出ず。と万葉集に書かれている。
揮毫者 岡 潔(数学者、理学博士。奈良女子大学名誉教授。京都大学時代には湯川秀樹、朝永振一郎らも講義を受けた。文化勲章受章、橋本市名誉市民、奈良市名誉市民。)

山が高いせいであろうか。巻向の崖の小松に雪が降ってくる。


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神山之 山邊眞蘇木綿 短木綿 如此耳故尓 長等思伎  
十市皇女薨時 高市皇子尊御作歌  [157]

三輪山の山邊眞蘇木綿(まそゆふ)短木綿(みじかゆふ)かくのみ故に長しと思ひき  
揮毫者 入江泰吉

三輪山の山の辺にある真麻の木綿は短いが そのように皇女の命も短いものであったのに 私は長いものだと思っていた。
 

檜原神社から二上山が正面に見える。
「行く川の過ぎにし人の手折らねば うらぶれて立てり三輪の檜原は」
二上山はトロイデ火山で 右の雄岳に大津皇子の墓がある。丁度1か月前上野誠先生の万葉講演会で 大津皇子と二上山」をUPした。


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いにしへに ありけむ人もわが如か三輪の檜原に挿頭折りけむ  
[1118]
柿本人麿
揮毫者 吉田富三(病理学者、日本学士院会員、日本学術会議会員・副会長、国語審議会委員などを務めた。文化勲章、旭日大綬章、授章)

昔の人々も 私のように三輪の檜原で枝を折って挿頭(草木の花や枝を頭に飾りに挿すもの)にしたことであろうか

  =つづく=



【こがらし1号】
27日早朝(夜中?)、雷を伴う強い雨が降った。朝7時ごろには雨は上がりお昼には良いお天気で温度も上昇したが 午後、急に強い風が吹いて温度も下がってきた、と思うと「こがらし1号」だという。
西高東低の冬型の気圧配置だそうだ。秋が深まるのは 随分急なのだ。

【コメント】
このブログも色々変化し「昨日と違う!」と思う事が多くなった。予告もなく変るとバアサンは戸惑う。
面倒になったけれど 皆さま 宜しくお願い致します。
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by souu-3 | 2014-10-27 00:43 | 奈良

古事記ゆかりの地を行く

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前日の雨が上がり秋晴れの1日、古事記輪読会から6回目になる「ゆかりの地への旅」が開催された。     (写真は三輪山)
d0330311_6134036.jpgJR万葉まほろば線 柳本駅から 黒塚古墳へ。
古墳時代前期のものと推定されている黒塚古墳は 当初の姿が 粗、留められている。
展示場では再現された竪穴式石室と副葬品である三角縁神獣鏡を多数見ることが出来る。

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崇神天皇陵へと進む。


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崇神天皇陵
山邊道勾岡上陵・行燈山古墳
龍王山の斜面の先端を利用して造られており、平野の方に前方部を北西に向けている。後円部がより高い山側にある。 三輪山の山麓に築かれた古墳群の中でも、渋谷向山古墳(現景行天皇陵)に次ぐ大きさである。

以下 青色部分は その場所で輪読した箇所。
〔初国知らしし天皇〕
「尓して天の下太平らかに 人民冨み栄ゆ。是に初めて男の弓端の調、女の手末の調を貢らしめたまふ。故其の御世を称へて 初国知らしし御真木天皇と謂ふ・・・・・」


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伊射奈岐神社
楊本天神、楊本天満宮と称し、かつては南東の山田垣内にあったといわれる。文明年間には現在地に鎮座し楊本の総鎮守とされていた。境内には『大和天神山古墳』がある。

〔特別な天つ神と神世七代〕
次に成りませる神の名は 宇比地迩神、次に妹湏比智迩神。・・・・・次に伊耶那岐神。次に伊耶那美神。上の件、国之常立神より以下、伊耶那美神より以前を 并せて神世七代と称ふ。・・・〕

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景行天皇陵
景行天皇は日本武尊(やまとたけるのみこと・小碓尊(おうすのみこと)の父。
山辺道上陵。天理市柳本町渋谷にあるので渋谷向山古墳とされる。
全長約300mの前方後円墳で、典型的な古墳時代前期の前方後円墳で  回りを周濠が取り囲み、10ヶ所に渡り堤があり、水を溜めている。
〔后妃と皇子女〕
大帯日子淤斯呂和気天皇、纏向の日代宮に坐して 天の下治らしめしき。・・・・
此の大帯日子天皇、御年 壱佰参拾漆歳。御陵は山の辺の道の上に在り。


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檜原神社
崇神天皇の時、宮中で祀っていた天照大神を笠縫邑に遷して豊鍬入姫命に奉斎させた磯城神籬。
垂仁天皇の時、天照大神をこの地から伊勢神宮へ遷した後も、引き続き天照大神を祀ったため「元伊勢」と呼ばれている。大和国中が一望できる絶好の場所に位置し、眼下に箸墓の森が見え、ここから見る二上山の姿が美しい。
〔崇神天皇〕
御真木入日子印恵命、師木の水垣の宮に坐して 天の下治らしめしき。此の天皇、木の国造、名は荒河刀弁が女、遠津年魚目々微比売に娶ひて 生みませる御子、豊木入日子命、次に豊鉏入日売命。二柱


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この碑の裏には「昭和47年1月27日 故川端康成先生はこの場に佇たれて大和国原の暮色を眺められた。「日本の美しい私」の中から御筆跡を撰んで「国偲び歌」を建てる」と記されている。
思國歌
倭は国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭し 麗し


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川端康成が眺めた景色は これ!
桧原神社から少し西にある井寺池の中ほどを仕切られた堤にある碑の辺りから南の方向を見渡せば、畝傍山と耳成山が手前に、二上山、葛城山、金剛山と大和平野をぐるりと囲む山々が見える。
ここから夕暮れ時に うっすらと青くなる景色を眺めたのだろうか。

この後、皆さんは 狭井神社、久延彦神社、大直禰子神社、大神神社、秋の大神祭宵宮祭と巡られたが 残念ながらリクのこと、夜のお稽古もあり ここで失礼した。
 
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by souu-3 | 2014-10-24 17:34 | 奈良

秋の深まり

行きつ戻りつではあるが 確実に秋は深まってきた。
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陽だまりを見つけて アイは日向ぼっこを楽しんでいる。

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咲き終わったヒマワリ、薔薇、椿など 人々を楽しませ種を育てる。
季節の移ろいを眺めながら 落ち着いた日々を過ごせる、こんな日が何時まで続けられるのだろう。

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先日より 教室に通ってくる人たちの作品を展示することにしたが それらをネット上に公開することにした。
2か月に2点のペースであるから みんなの作品が揃うのは再来年になる。
それが出来れば My bookで製本にしよう。長い計画である。

まず、二人の師匠の作品を載せ オリジナル作品を作る為の参考にと 作品の作り方について書いてみた。

今回は まだ2名であるが続く人達の作品を楽しみにしながら続けたい。

その記事はいろは匂へどに。
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by souu-3 | 2014-10-21 14:19 | 書道

公民館まつり

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毎年、たった1日だけの発表会であるが、この日の為に みんな精一杯頑張って書いた。

今年は布に書いてみようという時間をつくり、夫々家で使えそうなものを作品にしようと考えた。
「あの空間にタベストリーを飾りたい」「間仕切りになるものを作ろう」「暖簾が良い!」「みんなでお茶を飲むときリビングにテーブルセンターがあれば・・・」「玄関の靴箱の上に敷物をおこう」「古い着物で何か出来ないだろうか?」
夫々 色んなことを考えた。
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何時ものような作品も合わせて 少々文化祭のようだけど これが公民館の作品展という感じになった。
みんなでお花も持ち寄り みんなが一丸となって楽しみながら展示出来た。

さぁ 今日19日たった1日だけど、お天気も良さそう。
今朝は とうとう一桁の温度(最低気温9℃)お昼もそれ程には上がらないようで秋の深まりを感じる日であるが 大勢の人が見て下さったら気持ちは高揚するだろう。


でも、
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思いがけないことが起こった。

展示の前日、このお仲間だった方が遠いところへ逝かれた。
2点の作品を書き お昼の注文もしていたのに。
あんなに元気だったのに・・・


甲骨文字新たに34字
今朝の新聞に 大きくはないが こんな記事が載っていた。
旅順博物館所蔵の甲骨約1800片から 新たに甲骨文字の新字または新字体が発見された、と。
ネットには「拓本、つづり合わせ、年代の整理、分類を経て、旅順博物館に保存されている清朝末期の金石学者の羅振玉が集めた2211点の甲骨から発見された」と出ていた。
新たに発見された字には、人名、地名、国名、祭祀名、置き字などが含まれ、農業、宗教、気象、戦争などに関連している。
この34文字は どんなものだろうか?

More=蜩ノ記=
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by souu-3 | 2014-10-19 06:19 | 書道

NHKテレビーあさイチー

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懇意にさせてもらっている伝統工芸士・奈良筆の筆匠田中さんが あさイチの番組で生中継されるというので ずっとTVの前で待っていた。

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「産直LIVE」のリポーター篠山 輝信・アッキーは母親譲りのクリクリした瞳で元気の良い男の子(子という年齢ではないが) とても明るく地味な筆も今日ばかりは晴れやかである。

「わずか8分の中継なんですが、事前に何度もリハーサルをするんです。でも、スタジオの有働さんやイノッチさんは、視聴者同様、本番ではじめて見るから、突拍子もない質問が来るんですよね。とくに有働さんのイジリがきつい。」なんて声が聞こえてくる。(本当はネットに書かれていた)
「何がきても困らないよう準備して、『かかってこんかい』って気で挑んでいますが、やっぱり、その土地のかたがたに助けられる部分が大きい。だからぼくも、その地域をめいっぱい好きになって、その魅力を伝えるようにしています」
充~分伝わったと思う。筆のこともよく調べて(台本かな?)
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兼毛筆に使う8種類の毛の紹介があった。(画像はピンボケになった)
奈良筆の技法である「練り混ぜ法」や私たちがこだわる「命毛」の説明など判り易く説明された。
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練り混ぜ法は原毛を個別に水にひたして固め、その筆の特長によって配分と寸法を決めて入念に混ぜ合わせるため穂先の仕上がりが絶妙の味をもつ。

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あっと言う間だったが・・・
田中さんにはメールを送信したら すぐ返信が来た。
「無事に終了してホットしています (^-^)v」と。そして「今日から奈良工芸館でイベントです」って。何と忙しいこと。
お疲れ様でした。


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10月も半ばを過ぎた。
今年の年賀状は10月30日。今年は筆で年賀状を書くように 早めに手本を渡さなければ・・・
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男性はあまり遊び心の多いものは好まないようなので そういう方の為にオーソドックスなものを、そうでない人には楽しい物をと思う。
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by souu-3 | 2014-10-16 11:49 | 書道

フルコト

d0330311_8465044.jpg古事記の「ふることつたえ」から名付けられたと言うお店フルコトへ やっと行くことができた。

ここに店を出す絵描きさんであり ブロ友さんでもあるyasji さん
随分以前、奈良のお気に入りのお店で知り合い 偶然同じexblogを使っていることから 彼女の展覧会を見せてもらったり結構長い繋がりである。

今回、夏の阿礼祭の時、古事記かるたの販売をしたが そのイラストが彼女の手によるものであることを知り 是非逢いたいと出かけた。
我が子より ずっと若い方であるが お母さんになられすっかり逞しくなっておられた。
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18日から始まる「大古事記展」に合わせて ここでは「小古事記展」が開催されたり 11月7日から16日まで このかるたの原画展も開催されるようだ。このお店の近くの「NPO法人文化創造アルカ・いぶきの間」で。
これも是非 行かなければ!

 ↑ この写真は何だろうと思われるかも知れない。
ここが「フルコト」のお店なのだ。

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そこは東大寺の 転害門から近い所だ。 近鉄奈良駅から北東の方へ歩くと県庁やNHKなどもあるが 古い街並みを楽しみながら行くと段々細い道になる。その路地のような場所にある。
そういう道を楽しむ観光客も多いらしい。次々とレンタサイクルらしい自転車に乗った人々が訪れる。
私も昔は JRに乗って適当な駅で下車し山に向かって歩き阪急電車で大阪へ戻ったり、海の方へ歩いて阪神電車で帰るなんてことが大好きだった。
知らない所をメクラ滅法に歩き こんな路地に素敵な店がある!と楽しんだものだが こんな人が意外に多いのかもしれない。

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この店の手前にkoharu cafeがある。
ここも 相当古い民家だ。100年くらいだというが 私が子供の頃住んでいた家の縁側によ~~く似ている。このガラス戸。同じや!
これってジェーン台風(1950年)の時、雨戸がなくって畳を揚げて押さえていたなァ
お店の人と そんな話をしていると「今度の台風 どうしようかと思ってます」と。
台風19号。又また接近。

d0330311_1583828.jpg台風が来ない内に 映画を観ておこう。
夏中、観たいものがなく 随分久しぶりだ。
やっぱり話題作。
不思議な岬の物語

近くの映画館には 普段着のまま10分前に家を出る。
開店時間と上映時間が同じで 映画館へのエレベーターだけだったが混んでいる。
チケットを買うと 結構詰まっている。
話題になっているだけのことはある。粗、席は埋まっていた。

内容は ちょっと期待し過ぎた感はあるが 人は独りではない、支え合い寄り添いながら生きているということを実感させてくれる温かい映画だった。

これから 幾つか観たいのがある。
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by souu-3 | 2014-10-13 05:40 | 奈良

10月10日といえば・・・

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10月10日は
目の愛護デー、ふとんの日、冷凍めんの日、転倒防止の日、トマトの日、お好み焼の日、アイメイト・デー、釣りの日、缶詰の日、まぐろの日、トレーナーの日、totoの日、空を見る日、トッポの日、貯金箱の日、トートバッグの日、島の日
何ぼほど あるねん!と思う程ある。
が、
私は体育の日だと今も思っている。
古い人間だとお思いでしょうけれど 50年前のことが昨日のことのように思い出せる人種である。
1964年 まだモノクロだった小さい画面のテレビを熱心に観ていた。
知らない国がいっぱいある!
何と言っても最終ランナーが点火した聖火台。この聖火台が 今日、撤去され東日本大震災の被災地・宮城県石巻市に貸し出され、半世紀を経て震災復興の“ともしび”となるという。

昭和41年から10月10日は祝日になったのに平成12年からハッピーマンデーとかで10月第2月曜日となった。
私は気に入らない!やたら月曜日の休みが増え 今は変ったがゴミ収集日だった頃は 集めに来てくれないのでゴミは溜まるし、月曜日のお稽古は休みになり困るのだ。

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9月最後の日、カレンダーを捲ると、イチジクの甘煮の写真が載っていた。ご近所さんが食欲がないと言われていたので これなら食べられるかと作ってみた。
奈良県はワーストワンというのが多いように思う。
でも、そうでないものもある。
国宝(建造物)の数は日本一、これは当然のように思うが 趣味としての料理・菓子作りの行動者率もナンバーワンだという。こうして手軽に作ってみるのも奈良県民?

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もうすぐ 公民館祭りだ。
今日は最後の仕上げをした人も多く 粗、作品は完成した。表具に出している作品は 搬入日、表具屋から届く。

一番出来ていないのは わたし。

今回は布に書く勉強をしたので その作品を出品する人が多い。
暖簾、タペストリー、テーブルセンター、ランチョンマット、カバンなど賑やかになりそうだ。
直接、墨で書いたり、藍染の布を抜染液で書いたり、パソコン用紙にプリントしてアイロンで貼ったり、色んな方法を試みた。

私は 数年前、金沢で書いて来たシルクスクリーン、タペストリーに仕上げなければ。搬入までに1週間ある、と思うと ついつい遅くなってしまう。
思い立った日に完成させなければ。


More=朝ドラ=
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by souu-3 | 2014-10-10 18:01 | 書道

世界から猫が消えたなら

d0330311_202913.jpg大型で強い台風18号が接近した日、大急ぎで搬出した帰途の電車に「明日の公民館のお稽古は如何するか」と連絡が入った。
先日ももう一つの公民館の日にも台風が来ると言うので早々と休みにしたら その時間晴れてきたこともあり皆さん次第ということにしておいた。話し合いの結果「休みに」という。
公民館祭りの前で ちょっと気になったが休むことになった。

台風は朝には大方、通り過ぎていたがノンビリ休養させてもらった。
先日から電車の中で読もうと思っていた本がお喋りばかりで読めていなかったので 良いチャンス!
読みだすとやめられない、止まらない。一気に読んでしまった。
リクとアイは 私の傍らで眠っている。出かけないのは良いらしい。

「世界から猫が消えたなら」映画化が決まり文庫版が出たので飛びついた。後の解説に中森氏が「これは、すごい小説だ」と書かれている通り 凄い!
私が想像していた内容とは全く違うが 著名人のコメントにもあるように軽やかでありながら深く、笑ってしまうのに切ない。そんな感じである。
台風のお蔭で 良い1日だった。

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台風が近づいても戎橋には この通り。人はイッパイ!
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展覧会の最終日は競書の審査日と重なったので そちらの仕事を終え車に乗せてもらって会場近くの駐車場へ。
昼食を済ませて行こうということになり そこから近い「北極星」でオムライスを食べることになった。
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前回から もう5年も経っている。スタンダードな きのこのオムライスにしたが久しぶりに美味しい。 
d0330311_21241396.jpgいつも混雑しているので 待って居る間、こんなもの⇒に目が行った。
これ「追夢来寿」でオムライス。
先日の古事記の講演会の記事でも書いたように 日本語を漢字で書き表したものに倭語を表音表記(漢字一字に一音をあててそのまま読み上げる倭文体)した日本語の発音を当てはめることは 当時からされているが このように書くのは面白い。

自分でも色々考えてみると良いのではないだろうか?



More=皆既月食=
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by souu-3 | 2014-10-07 00:21 | 雑記
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一瞬のきらめきを求めて


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