玉響記=たまゆらのき=

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日が昇るまでの時間に

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一年で一番日照時間が長いのは夏至の頃であるから今年は6月21日。それから1ヶ月以上経ち当地(奈良・大和郡山市)の日の出は5時03分、( 日の入は 19時02分 )である。
夜明け前から目覚め、気持ちの良い朝だったので 5時ごろちょっと歩きに行く事にした。

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東の山から太陽が顔を出したのは5時28分。日の出はどこから太陽が出てきた時間を言うのだろう?
奈良には水平線、地平線が見える所はあるのだろうか?山の上から遠くを見て 太陽が出てくる時間が その日の日の出時間となるのだろうか??

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我が家は新興住宅だが 元々からあった村は何か所かある。
その村のひとつ、その辺りをグルッと。
ここは「大和丸茄子」が特産だ。
きめ細かく、味も濃いため京都や東京の料亭でも評判を呼んでいるという。 この地区では約50年前から、同じ丸ナスの仲間の加茂ナス(京都)の種を買い付け、栽培を続けてきたそうだ。その中でも色合いが良く、味の良い実の種だけを選び出して栽培を繰り返し、良質の新品種が生まれたという。2008年「大和伝統野菜」に認定された。 県内で約300トンが生産され、半分以上がこの地区で作られている。

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川にはアメンボが。
何だか 長閑だ。

d0330311_16501660.jpg太陽の「陽」
声符は昜(よう)昜は台上の玉光が下に放射する形。玉の光は魂振りとしての呪能があるとされた。阜(ふ・阝(こざとへん))は神が天に陟り(のぼり)降りする時に使う梯子の形。その神梯の前に玉をおき神の威光を示す字であった。
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by souu-3 | 2014-07-29 17:28 | 文字の成り立ち・漢字

暑さ厳しい毎日

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梅雨が明けたと同時に厳しい暑さになった。
ここ数日、記録的な暑さではないかと思う厳しさである。

パソコンの画面に温度が出るように設定しているが ← この通り!
37℃は厳しい!!

一日中 エアコンのお世話になっている。
電気が不足するから、料金が・・・なんて言ってると熱中症になりそうだ。

梅雨の間も 大雨で大変だった所もあるが この辺では思ったほどには降っていない。あれから もう何日雨が降っていないのだろう。

我が家では この暑さでも しっかり毛皮を着こんでいるのが居る。
今までの犬たちは 玄関の土間など涼しい場所を見つけて眠っていたが  下半身麻痺のリクは それさえ出来ない。
只管、ガマンでは可哀そう!
時々、氷水を飲ませたり 健康管理は人間がしなければ・・・

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それでも エアコンが苦手なのか 何かの下に潜りたくなるのがいる。
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尻尾だけ出して 忙しなく振る。

アスファルトが何時までも熱い。
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お散歩も儘ならない。
ちょっとストレスが溜まるのか 夕方になると「何処かへ行こう!」という。

少しは微風も吹く川の辺を カートに乗って歩くと 自分の足で歩いている気分になるのだろうか。

景色を楽しみながら満足しているように見える。

やっと落ち着きを取り戻したようだ。

それでも熱帯夜は 犬にとっても辛い。
夜中、何度も目を覚ましている。

今夜も団扇で扇ぎながらお休み戴こう。
昔、むかし祖母がしてくれたように。

こんな日々、元気なのは蝉たちだろうか?



毎夜、繰り広げられる羽化。朝には空蝉があっちにもこっちにもある。
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by souu-3 | 2014-07-27 17:51 | 雑記

元興寺文化講座

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元興寺文化財研究所所長・水野正好先生による文化講座も 何度目になるだろうか。
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受講者も増え満員である。 
研究所の窓から 興福寺の五重塔が見える。

毎回、ここに載せるには私の知識が不足している。
前回の「女性と陵墓とハニワの里」は上手く纏められなかった。
今回は「春日三笠山ー東大寺造営と四至図」
元興寺、東大寺、興福寺など 何もなかった時代の話である。
水野先生の話は その当時、そこに居た人が話されているように聞こえる。
発掘により知ることが出来ることは多いようだ。

文字の世界も 当時、それに係わった人が生きている筈がない時代に遡って考え出された説ではあるが こちらも色んな物をつなぎ合わせ 考え、考察する。
「そんな事 有り得ない」と言ってしまうと それまでだが想像を膨らませると夢が広がる。

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話の内容は ここで詳しく書く能力に欠けているので省略させていただく。
上の図は 平城京の条坊であるが 細かく作成されている。
この右端に東大寺がある。ここは左京の傾斜地に設けられた外京(げきょう)と呼ばれる位置にある。
右の図が「四至図」であるが 原本は縦229㎝、横223㎝の麻布で素人の私には見難いが それを少しは判り易く模写されたもののようだ。香山堂は現在の新薬師寺のことで、興福寺は山階寺(やましなでら)といった。
松林も描かれているが今も奈良時代のまま残されている。

先生の話によれば これらの地図を片手に歩いてみると良いと。
新しい発見もあるかと思われる。
先生は奥様と歩かれた山では ヒルに悩まされたということだったが 季節も考えて歩かねばなるまい。

元興寺は6世紀末、飛鳥に建立した日本最古の本格的寺院、法興寺(現在の飛鳥寺)の後身で、和銅3年(710年)の平城京遷都に伴って、飛鳥にあった薬師寺、厩坂寺、大官大寺(のちの大安寺)などは新都へ移転した。
興福寺は藤原鎌足夫人の鏡大王が夫の病気平癒を願い、鎌足発願の釈迦三尊像を本尊として 山背国山階(現京都府京都市山科区)に創建した山階寺(やましなでら)が当寺の起源で、平城遷都に際し、現在地に移転し「興福寺」と名付けた。平城遷都後まもなく開始されたと思われる中金堂は戦災や火災で7回焼失しているが 2018年の落慶を目指して再建中である。
元興寺、興福寺、東大寺の順に建設された。
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浮図田(ふとでん)に咲く花は、今の時期 桔梗であるが 数日前に撮影されたブロ友さんの写真を見ると盛りは過ぎた感はある。
一緒に受講したカメラ屋の店主が「多ければ良いという訳ではない」と言われたが やっぱり寂しい。

*浮図田とは、仏陀、仏塔の意味で、奈良町の道や川、個人の家の敷地から出てきた石仏たちを元興寺に寄せられたようだ。昭和63年修景整備で2500余基の石塔、石仏類が集まったそうで この周辺に咲く花は1ヶ月前に訪れた時は波斯菊(ハルシャギク)が咲いていたが 秋には彼岸花が咲く。






 
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by souu-3 | 2014-07-24 06:19 | 奈良

かもめーる

d0330311_13531351.jpg朝早くから 蝉が賑やかになってきた。
今年も庭で羽化したであろう蝉は こんな所でと思う場所に殻を残している。

夜、懐中電灯を持って羽化している蝉を探すが今のところ見つけられていない。 d0330311_13544491.jpg

これほど空蟬を見かけるのだから 夜な夜なあの羽化のシーンは繰り返されている筈。

それにしても賑やかな蝉の姿は 昨夜の美しい羽の色を何処へ置いてきてしまったのかと思う程である。
今年は何故か ここにも載せた蝉のように元気に飛び立つことが出来なかったのが多いのだろう。
羽化失敗したであろう蝉を何度か見かけた。

中国・四国は梅雨明けだとニュースで報じていた。
近畿も間もなくだろう。
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最近、郵便配達員さんが ハガキを買ってほしいと言ってくることが多くなった。今年は同じ局内の人だろうけれど 2度目の人は泣き付かないばかりに頼みに来た。
しかも、この ↑ ハガキは金魚の絵だから当地限定のように言ったが 今は全国共通で2種類ほどの絵があるだけらしい。
中々明けない梅雨。立秋までに出さないと暑中見舞いでなく残暑見舞いになる。出す期間が短い。
最初に頼まれたハガキは 梅雨見舞として使ったが返信が来たのは一人だけだった。
後の分は 何処へ出そうか?
年賀状は出して下さる方がまだまだあるけれど 暑中見舞いは来なくなった。
こんな風だから郵便局も大変なんだろうけれど 世の中変わって行くのだから それに合わせるべきなのかもしれない。
書道の練習も以前は 書簡、手紙の練習をする人が多かった。いつまでも同じことをしていたのではダメだろう。

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同じことを繰り返しても 美しく咲く花は飽きられないのは何故だろう?

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坪庭に 今年も百合が咲いた。うつむき加減に楚々として・・・

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『おまけ』

今夏、はじめてのゴーヤジュース
バナナが痛みかけてきたので ジュースに。
粗、1年ぶりのジュース

今年も これで夏を乗り切れれば良いが。
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by souu-3 | 2014-07-20 14:44 | 雑記

淡路島

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淡路島と云えば 一番に何が思い浮かぶでしょうか?
私にとっては まだ、明石海峡大橋もない頃 洲本へ海水浴に行った頃のことが浮かびます。

7月16日は
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桂文枝の誕生日であり、三枝から文枝に襲名して丸2年という日でもあり、昨年の文枝フェスティバルinなんば花月」に続き今年も「文枝フェスタ2014」が開催されました。

今年は 文枝師匠が「淡路島名誉大使」に就任されたこともあり この日は淡路島一色という感じでした。
淡路島は玉葱の産地だそうですが 関西に住んでいても特にそんなことを意識したことはありません。
寧ろ、玉葱と云えば泉州が頭に浮かびます。岸和田や貝塚などに行くと玉葱小屋があっちこっちにあり産地なんだと思っていました。
嘗ては、泉州たまねぎは日本一の産地だったと記憶しています。最盛期の昭和35年頃は栽培面積は4000haあったようです。
私の頭は古いのでしょうね。
世の中 移り変わっていくのですから淡路島が玉葱の産地であっても不思議はありません。
「ターザン」という品種だそうです。
今年のフェスタのお土産は この玉葱だったのです。
これを戴けることは判っていましたので大きめのカバンを持っていきました。(^_^)/

d0330311_17202062.jpg今回、文枝の会報「窓辺のマーガレットnews」を見て 先日、輪読会の人達と「国生みゆかりの地」へ行く計画があったのですが 出発から帰宅まで12時間も留守にすることが出来ない私は参加することが出来なかったのと この日は淡路島出身の大地真央さんがゲストだということで急遽、チケットを購入したのです。
電話予約し、コンビニで支払うというのに 初めて挑戦しました。
14ケタもある数字を打ち込んだり 判らない時は電話を掛けるように教えてもらっていた所へ電話で問い合わせたり 何度かやり直してやっと出来ました。
こういう機械を使う人は多いのか タッチパネルは指紋だらけ。何と汚れている事かと 変なことに感心しました。
まぁ そんなこともありましたが無事観ることが出来たのです。

大地真央は宝塚以来だったかと思います。娘が小学生だった頃ですから 随分、久しぶりでしたが一段と綺麗になって58才にはとてもみえない若さは 如何して保てるのでしょう?

当日の落語は桂三語の「開口一番」 桂枝三郎の「四人ぐせ」 文枝の「芸者ちどり・24才」
中入り後 真央と文枝の対談。昨年の浅丘ルリコとの対談より すっきり纏まっていたようです。
238作目の創作落語だという~神話・国土創世の島~「淡路島」の舞台準備の間、本濱寿明さんのクラリネット演奏。この方も淡路島出身だそうです。
今回の落語は 古事記愛読者としては ちょっと期待外れでしたが何時ものように楽しい時間でした。

19時開演でしたから急ぎ帰宅しなければならないのですが 抽選会があり席を立ちにくかったのです。
兵庫県知事など関係者が数名いらっしゃたのですが 如何しても兵庫県というと例の号泣県議のことが話題になり 知事は「先に支払ってあるものの報告をしてもらっていたら ああなった」と。師匠と知事が「泣くことはないですよね」なんて一幕もありました。
その時の抽選で ニュー淡路宿泊券1ペアの当選者は私の隣の席の人でした。

次の文枝落語は 9月13日地元です。
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by souu-3 | 2014-07-17 18:03 | 関西

喜光寺 2

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大阪に実家があった頃、勿論「昭和」という時代。30年代、40年代、この喜光寺の横にある阪奈道路を通ることが多かった。
当時は本堂があっただけだと記憶している。
昭和33年開通した阪奈道路は 昭和45年に拡張することになり 44年から喜光寺境内南部の発掘調査が行われ、溝・築地・建物などの基壇跡や多くの古瓦が出土したそうだ。

その後、平成になり実家もなくなり通ることも殆どなくなった。
平成2年、本山薬師寺の執事であった(現在は執事長)山田法胤師が住職に任命されて、本山と兼務されることになり、写経で天平伽藍の復興を進められたようだ。
このお寺には「いろは写経」があることを知ったのは何時頃だっただろうか?
書の練習をする人の中でも 写経をしたいという人は多い。般若心経を書き額に入れお仏壇の上に飾ったり お軸に仕立て 法事の時など床の間に飾る人もある。
歳と共に それも些か大変だという人に「いろは写経」は如何だろうかと思いながら果たせずにいた。

思い立って蓮の花を見に行く事にし この写経も求めてきた。
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久しぶりに訪れたお寺は 昔のイメージとは見違えるようになっていた。
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奈良の都・平城京右京三条三坊に位置し行基菩薩によって創建された。
d0330311_1917556.jpg寺名は本来「菅原寺」であるが 天平20年(748)聖武天皇が参詣された際、ご本尊より不思議な光明が放たれ、そのことを喜ばれた天皇より「喜光寺」という寺号を賜ったそうだ。
ご本尊は、平安時代に造像された1丈6尺の阿弥陀如来である。
このご本尊は現在、重要文化財である。
また、
本堂(金堂)は 室町時代初期に再建され こちらも現在、國の重要文化財である。

天平21年2月2日行基菩薩は入寂された。遺言により火葬とし 母の墓処のほとり 生駒市の竹林寺に埋葬されたといわれている。木造行基菩薩坐像(重要文化財)は、かつて竹林寺に安置されていたが、明治の廃仏毀釈によって廃絶となったために唐招提寺に移された。



d0330311_19432857.jpg平成22年「喜光寺に會津八一の歌碑を建てる会」の協力により 歌碑は建てられた。⇒
八一は大正10年と11年に喜光寺を訪れたそうだ。
 
ひとりきて かなしむてらの しろかべに 汽車のひびきの ゆきかへりつつ
『鹿鳴集』 には、「菅原の喜光寺にて」 と詞書にあり 「作者が、この歌を詠みしは、この寺の屋根破れ、柱ゆがみて、荒廃の状目も当てかねし頃なり。住僧はありとも見えず。境内には所狭きまでに刈稲の束を掛け連ねて、その間に、昼も野鼠のすだくを聞けり。すなはち修繕後の現状とは全くその趣を異にしたりき」 と書いているそうだ。
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もう一つの歌碑は、万葉集巻二十 4491 石川女郎の歌で
大き海の水底ふかく思ひつつ 裳引き平らしし菅原の里
藤原宿奈麻呂の妻、石川女郎が愛が薄れて離別されたことを悲しみ恨みながらも、幸せだった日々を追憶した歌で、寵の厚かった頃、大海の水底のように深くあなたのことを思いながら、華やかな裳裾を引いて、道が平らになる位、踏みならして、この菅原の里に通い続けましたのに、あの頃が懐かしいといった歌。
こちらは「奈良市に万葉歌碑を建てる会」の協力により建立されたものである。
 
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by souu-3 | 2014-07-15 00:22 | 奈良

喜光寺

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台風一過 朝から洗濯日和だ。

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台風前、テレビで喜光寺の蓮が放映されていた。

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ここでは、1本の茎に2つの花がつく「双頭蓮(そうとうれん)」が咲いた。
突然変異のようだが 7日に咲き始め「吉兆の花」とされる珍しい現象だ。
双頭蓮は、平安時代に編纂された「続日本紀」にも記述があり、めでたい兆しとされてきた。背中合わせにくっついた花はともに直径10センチほど。ハスは普通、まっすぐな茎に一輪の花を咲かせるが、土壌の栄養状態が良い場合などにまれに2つ咲くことがあるらしい。

台風騒ぎでその咲いている時には行けなかったが 絵葉書を購入した。今はここにある咲いた後だけであるが たった1本だけなので 今度は何時見られるのだろう?

喜光寺は行基菩薩によって創建された。 東大寺造営に当たり 喜光寺の本堂を参考にされたという伝承から「試みの大仏殿」と言われている。
蓮の写真と喜光寺に付いては 後日に・・・

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昨日は 主人の誕生日だった。
日によって体調が良かったり そうでなかったり、早めの予定は出来なくなっている。
朝の顔色を窺いながら「お昼食べに行く?」
すんなり行く事にはなったが 急に予約を入れても無理な所があったりすると「もう、エエで!」と言い出す。
*エエで!とは行かなくっても良い。行かないということ 
何とか出かける事になったのは 一駅JRに乗り奈良駅から徒歩20分ほども掛かるだろうか?(一人で歩けば12~3分?)奈良町とは申せ最も駅に近い北西にある 和風創作薬膳料理「京小づち」 奈良唯一の薬膳コース。




JRの駅に 程近い場所に娘の友達の店があり ちょっと覘いて ちょっと喋って、
目的地へ行く。
(友達から娘へは連絡が行くだろうと思っていたが 案の定、父の誕生日を忘れていたであろう娘から電話が掛かってきた。道の真ん中で父と娘はお喋り。時代ですなぁ)
健康に良い食材ばかりで 多分二人とも元気になり又1年生きていくことになるのだろう?
体内より健康美をつくるコースというのを戴いた。
飛鳥時代に出来た日本初のチーズ「蘇」
柚子の中に味噌、山菜を入れて蒸し風干しした「柚餅子」
ヨーグルトに胡桃と豆腐で作る「酪」
季節の野菜添え

野菜の炊き合わせに金針菜(野甘草・キスゲの蕾)は鉄分が豊富で これらの野菜は身体を温め消化が良く食欲が増すそうだ。

誕生日ということで鯛の刺身の料理のサービスがあった。

若鮎のちょっと干し。これが絶品!骨もから揚げにして鮎を丸々食べられた。

烏骨鶏の小鍋には生薬が色々入っていて痴呆予防になり免疫力強化、風邪予防、美容にも良いらしい。

そして 奈良特産の丸茄子、味噌とチーズの二色田楽。
身体の熱をとり むくみ解消、循環機能促進、抗酸化作用があるらしい。

玄米食に準ずる効能がある古代の赤米。

台風接近で公民館の練習日を変更したお蔭?でご馳走を戴けた良い日だった。
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by souu-3 | 2014-07-12 15:00 | 奈良

NARA SHAKEOUT !

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7月9日10:30 奈良県一斉地震行動訓練が催された。

アメリカ・カリフォルニア州で生まれた一斉防災訓練『ShakeOut(シェイクアウト)』を日本に普及させるため、
日本各地で開催されているもので 奈良でも催されたものであるが夫々の場所で訓練すれば良い。 

丁度、お稽古日で皆さんが来られた時に「まず低く」「頭を守り」「動かない」の動作を行った。
お稽古場の机は折り畳みで 頑丈なものではない。
これで防げるかは疑問である。
腰が痛い、足が痛いで 机に潜ることも容易ではない。
きっと、実際に起こった時は 火事場の馬鹿力が出るのだろう。

ここで一番真面目に出来たのは・・・

「リク」だった。

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この机の下は嫌いではない。

お稽古の邪魔になるから 向こうの部屋へ行きなさいと言われるのが嫌で こうして机の下で引っ張り出されないようにしているので慣れた場所でもある。
「え!今日はみんな如何したの?」と不思議そうな顔をしている。

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アイは そんな訓練は「いいよ」
「ここにジッとしていなさい」と言われると OKが出るまで動かないのはリク!
そんなの知らない!と無視するのは アイ、
こんな時も性格が出る。

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私は 大好きなオバチャンに助けてもらうから良いよ!
「ね!抱っこして逃げてね!」

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『慌てず まず身の安全を!!』
日頃から いざという時の行動を考えておきましょう、と呼びかけている。

大型で強い台風も近づいている。
まず、買い物をし 2,3日閉じ籠っても大丈夫。
犬の餌など最低限の物の準備もOK
簾を巻き上げた。
窓辺に吊るした花の鉢を下した。
物干し用の竿を下した。
この程度の準備でOK?

アイを助けてくれる親切なオバチャンは もうここには居ない。
2匹を連れて避難は無理。自宅で頑張るしかない。

『追加2件』

台風は思ったほどではなく(被害があった方には申し訳ありませんが)17時現在和歌山県田辺市辺りだと思われますが ここ奈良は晴れてきました。海水温度が低いので台風の勢力が衰えてきたと TVで放映していました。
今夜と明日のお稽古延期したのですが早とちりだったようです。

先日、折角知らせていただいたのにメールに気付くのが遅く見逃してしまったテレビ番組の内容を知らせていただきました。
「絶景!開運紀行」
神話や伝説の舞台となった街や自然がみなぎる絶景スポットを約2時間放映されたようです。
残念ながら観ることは出来ませんでしたが ここにリンクしておきます。
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by souu-3 | 2014-07-10 00:27 | 奈良

七夕さんの日に

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昨日の新聞のコラムに バラにつくアブラムシのことが書かれていた。この時期、虫退治は大変だ。

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無防備な格好で伸び放題の草や木を引いたり切ったりしていると 虫に刺される。

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折角、羽化した蝉が抜け殻の横で もがいていた。木の切り株に乗せておいたが移動している。
多分、精一杯 土から這い出したのに飛ぶこともなく数時間で命を終えるのだろう。
それでも 何処へ行こうとしたのか 頑張って何をしたかったのか?
ぼくらはみんな 生きている
生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから かなしいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮
ミミズだって オケラだって
アメンボだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ

この蝉は友達も出来ないままだったんじゃないかなァ。

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みんな 一生懸命生きている。

虫 蟲
d0330311_1983183.jpgd0330311_1985521.jpg久しぶりに漢字の話、
虫の正字は蟲。元々、虫は蛇など爬虫類のことをいい、私たちが今「虫」と言ってる昆虫のような小さいむしは「蟲」と区別していた。

「古文書に「羽蟲」(鳥)・「毛蟲」(獣)・「鱗蟲」(魚および爬虫類)・「介蟲」(カメ、甲殻類および貝類)・「裸蟲」(ヒト)などという表現が見られる」と Wikipedia に書かれていた。

字通には虫を部首とする文字は160字掲載されているが 一番画数の多いものは・・・

     答
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by souu-3 | 2014-07-07 06:26 | 文字の成り立ち・漢字

万葉人と飛鳥

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上野誠先生による万葉講演会が近くで開催された。
昨年秋に参加して以来 特にお知らせはなく スーパーのチラシに載っているのに気が付かなければ それまでという感じである。

今回は「万葉人と飛鳥」と題して  いにしえの奈良に思いをはせるひとときを過ごした。
魯迅の「故郷」の話から「故郷は遠くにありて思うもの」なんだと。
「地上の道のように、初めから道があるのではない、歩く人が多くなると初めて道が出来る」

あおによし奈良の都は咲く花の匂ふがごとく今盛りなり

小野老が 九州大宰府の地から故郷の奈良を想う望郷の歌である。故郷は離れて その良さが見える。と私なりの解釈をした。

神岳に登りて 山部宿禰赤人が作る歌一首
みもろの 神奈備山に 五百枝さし しじに生ひたる つがの木の いや継ぎ継ぎに 玉葛 絶ゆることなく ありつつも・・・・

反歌
明日香川 川淀去らず 立つ霧の 思ひ過ぐべき 恋にあらなくに
この歌が一番お好きだとおっしゃっていた。

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数年前、山の辺の道を歩いた時 お花の手入れをされていた方から戴いた花、昨年は蕾だけで開花しなかったが 今年はこんな花が咲いた。
小さい花。1㎝弱だろうか。
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by souu-3 | 2014-07-05 18:02 | 奈良
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一瞬のきらめきを求めて


by souu-3
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