玉響記=たまゆらのき=

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右近の橘 左近の藤

一般的には右近の橘、左近の桜であるが 藤原氏の氏寺である興福寺・南円堂では左近のである。
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4月下旬には この橘も花が咲き、藤も咲くが 今は実りの秋。
この通り 藤も橘も実っている。

左近は左近衛府、右近は右近衛府の略称で、左近は紫宸殿の東方に右近は西方に陣を敷き その陣頭の辺に植えられたので 左近の桜、右近の橘と言われたようだ。
説明板には『南円堂を建てた藤原冬嗣が天平年間にこの場所に手ずから藤を植えたが、後世しばしば戦火を蒙り、わずかに余命を継いでいた。正保寛文年間(17世紀中葉)に水野石見守忠貞が山城の伏見から藤樹をもたらし、これに植え継いだ。』とあった。


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三条通りの街路樹・ハナミズキも沢山の実を付けている。

長く厳しかった夏、台風に振り回された10月も終わりに近づいた。
良い時期がなくなったような気がする。

ハロウィンも もうすぐ。当日だけでなく早くも仮装した子供を見かける。
古代ケルト人が起源のお祭りって 私にはあまり関係なさそうだけど モールにはこんな飾りがあった。
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More 大阪マラソン
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by souu-3 | 2013-10-29 15:54 | 奈良

大和の古道

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色付き始めた紅葉もタップリの雨を含んだ23日元興寺で開催されている講座を受けた。
今回は「古代の道」
d0330311_728951.jpg奈良の道は7世紀半ばには敷設されたと推定されている上ツ道、中ツ道、下ツ道の三道は粗、4里(約2120m)間隔に並んで造られていたと考えられている。
その三道の東には山の辺の道がある。(今日、ここを歩きに行く予定であったが残念ながら雨と風邪気味で不参加)
上ツ道は桜井市から奈良市の猿沢池辺りに至る。中ツ道は天香久山北麓から平城京の東へ、下ツ道は藤原京の西京極から平城京の朱雀大路へ。
この下ツ道は我が家に近く稗田村(現稗田町)から羅城門、真っ直ぐ北に朱雀門、大極殿が並んでいる。

この日の説明では 古墳はこれらの道に沿っているので道が先に出来たもので 市(いち)を利用して道が出来たのではないだろうかとの事だった。
また、大和だけでなく難波の道についての説明もあり、都と道は切り離せないとのことだった。

d0330311_8294493.jpg一昨年の11月に掲載した出原氏の写真を もう一度載せるが 羅城門址から このように一直線上に並んでいる。
3,7キロ離れた朱雀門ではあるが お天気によるが肉眼でも見ることは出来る。
このようにライトアップされると手前のゴチャゴチャしたものが暗く 綺麗に見える。

「羅城」とは「城にめぐらした城郭」のことで「めぐらす・めぐる・つらねる・つらなる」意味だが これも以前書いたが イオンモールが出来る前の発掘では 中国の西安のような立派な物が出てくるのかと期待したが 案外簡単なものだったらしいことを思い出す。

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先日の公民館まつりの最終は抽選会。この時当たったポインセチア。早くもChristmas気分!

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日々 花の数を増やすブーゲンビリア
花は中央部にある小さな白い部分で 色づいた花びらに見える部分は包葉なのだとか。
ハワイや沖縄などで見たからか暑い時期の花かと思っていたが真夏を除き5月から10月に咲くらしい。長く楽しめる花のようだ。
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by souu-3 | 2013-10-26 09:09 | 奈良

忘却

元々「忘れやすい」人間だったけれど最近酷くなってきた。
忘れるということは良い事もだけれど 嫌な事も忘れるので これも良しと思っていたが、やっぱり不便なことだらけだ。
他人に頼まれたことを忘れるのが一番良くない。
「忘却とは忘れ去ることなり。忘れえずして忘却を誓う心の悲しさよ」
「♬ 君の名はと  たずねし人あり  その人の 名も知らず・・・♪」 大昔 この歌と共にこの言葉を聞きながら育ったように思う。
こんな記事を見つけた。
「忘れることは(特に)年寄りの特権である。
名前を忘れ、顔を忘れ、食事したのを忘れ・・・・
忘れるタネは尽きマジ。というところである。

惚け老人、痴呆症、アルツハイマーなどの言葉は病気ありなしに係わらず
「忘れる症候群」を表す言葉である。
それは皆良い意味には取られない。
だが、そうだろうか?
と悪魔は考える。
忘れることを発明したのは”神”の数少ない功績である。
どんなにグルメでも一日三度の食事を一年分覚えていたら、脳はパンクしてしま
う。
イヤな奴に意地悪されて酷い目にあったことも、全部覚えていたらノイローゼに
なるか暴力に訴えることになるかも知れない。

プラス思考といわれている連中はイヤなことを忘れる名人ではなかろうか。
その代表が長島である。
彼は忘却王である。
脳梗塞で倒れても多分大丈夫。
昔、プロ野球選手だったことを忘れてしまえば車いす生活もへっちゃら、というわけである。

年寄りが嫌われるのは忘れることではなく、覚えていることである。
昔の自慢話。これは何年経っても、何歳になっても忘れない。
だから死ぬまで繰り返すことになる。


これを読んで 少し気が楽になった。
良いのかなぁ?

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先日の公民館まつりの作品である。
手本を書く時、初めたばかりの人にはこちらから書けそうなものをお渡しするが ベテランになった人には好きな言葉、好きな書体を考え、前回に書いたように(大江健三郎さんの説)書きたいと思うものを書くのが良い。私はこれを考える時が一番至福の時なので こんなことを取り上げるのは失礼だと思っている。
今回、世界遺産になった富士山を入れたものを書きたいと調べた人が居た。
富士山は芙蓉峰ともいう。そこでこれを書きたいと言われた。
紙のサイズ、形から この3文字だけでは作品には適さない。
芙蓉峰に関する何かないだろうか?得意のネット検索を。
荻生徂徠の甲斐の客中の詩を書き添えることにした。勿論、漢詩であるが柔らかい雰囲気にしたく読み下し文にした。
甲陽(甲斐の国)の美酒 緑葡萄 霜露三更 客袍を濕す 須らく識るべし良宵 天下に少なるを 芙蓉峰上 一輪高し

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見に来て下さった市長、博学な人であることは以前にも書いたように思うが この作品の前で「荻生徂徠は大和郡山におられたんだよね」と。
帰って すぐパソコンを開いた。
「31歳のとき、5代将軍・綱吉側近で幕府側用人・川越藩主の柳沢吉保に抜擢され仕えた。柳沢邸で講学、政治上の諮問に応えた。」とあった、その後日本橋茅場町に居を移したようだが 徂徠の子・金谷、孫・鳳鳴も大和郡山藩につかえたらしい。
市長の言を疑ったわけではなく すぐ忘れるだろうけれど知らなかったことを知ることが出来、嬉しい作品展になった。
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by souu-3 | 2013-10-22 09:15 | 書道

ご開帳

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犬をシャンプーに出し、夫と出かける予定をしていたが台風の大雨で中止。
過ぎ去った後、真っ青な空が秋らしくなった日、予定とは違う場所だが近場でランチということになった。

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大仏殿が見える こんな所で簡単なランチを済ませ 公園を横切りJRまで散策。
博物館では もうすぐ始まる正倉院展の準備に余念がない。

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d0330311_858322.jpgその日(10月17日) 南円堂は1年に1度のご開帳の日である。
奈良時代から国家の安寧を祈り 宮中や朝廷を守護する寺院でおこなわれた法要であるが 大般若経転読会は昭和48年に再興され この日、特別開扉される。

この般若経は600巻の経典で 50巻ずつ12箱に納められているそうで、12人の僧侶が1箱ずつ担当する。
1巻読み上げるのに1時間かかるそうだから 随分長時間を要するが 転読という方法で読まれる。
空中でばらばらと経典を広げる法要はダイナミックだ。

お堂は仏様が住む清浄な場所であるから寺僧でさへ内陣で礼拝することも許されなかったが 時代と共に変化し、より多くの人が仏様とご縁を結ぶよう ご開帳が増えたそうだ。

5月には北円堂と共に内部を拝観した。



この南円堂の前には今井凌雪先生が美しい楷書体で書かれた灯籠がある。その現代語で「平成観音賛」が陳舜臣さんによって書かれたものが立てられている。
これは南円堂が修理された1997年に 南円堂創建当初のものである弘仁7年(816年)に造られた空海か橘逸勢の筆跡と思われる灯籠を国宝館に移され 新しく造られたものである。

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この文章を読みながら 次回の展覧会は「これでしょ!」と罰当たりな事なのかもしれないが思った。
この南円堂に近い文化会館での展覧会の要綱が送られてきたばかりだ。
ネットを見ていると 大江健三郎さんの講演で「矢も楯もたまらず書きたくなった言葉を書いたとき、初めて人の心を打つ」と書かれていた、
やっぱり、これかな?

明日は公民館まつり
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by souu-3 | 2013-10-19 10:25 | 奈良

以心伝心

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先月26日に載せた「アルビフローラ」彼岸花の改良種(園芸種)は芽が出てきたと思う間にニュキニョキっと伸び この速さには驚かされた。
花と葉が同時に出ることはないという特徴から「葉見ず花見ず」とも言われるが 何時出てくるのかと思っていたら やっと葉っぱらしきものが見え始めた。が 茎の伸びと違いやっとここまでに伸びるのに数日を要した。
開花終了後、晩秋に長さ30 ~50cmの線形の細い葉をロゼット状(放射状や螺旋状に配列)に出す。葉は花がこんなに枯れてから姿が見られるようになるが、翌春には枯れてしまい、それまで何も生えてこないので ダメになってしまったのかと思っていたら 時期が来ればちゃんと咲いてくれた。
夏から急に晩秋になった感じのする今日、この程度に伸びてきた。

今日、TVを観ていると「帯広空港で20センチの積雪」というニュースが流れた。
こちらから帯広へ引っ越されたお弟子さんにメールを送った。「早い初雪で驚きました」とそこに住んでいる人も驚く程だ。上空に11月上旬並みの寒気が入り、初雪が降ったらしい。平年より22日早く、1892年の観測開始以来4番目の早さだとか。

寒がりアイは
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この通り
「早く ホーム炬燵を出してくれないかな?」
扇風機を早く片付け また、出した今年の気候に「もう少し様子をみたい」と思う私と意見は合わないようだ。

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台風の最中、予約を入れていたのでシャンプーに行った。うさぎちゃんの可愛いパンダナをしてもらって帰ってきた。似合っているかな?

こっちは何?

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こんなにフワフワになったリクの毛
夏の間、家でシャンプーしていたが こうは綺麗にはならない。
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リクはご存知だろうけれど12才、アイは10才、一緒に住むようになって未だ1年弱。アイは甘えるけれど私たちに食べる事、散歩に行きたいという以外 おねだりしたり伝えたい事を言いに来ることはあまりない。
リクは 雨の日ガレージで排尿させるが 排便まではし難いらしい。お天気の良い日は「おカアたん お外に出して!」と言いに来る。だが、時に家の中で。そんな時「出たよ」と一生懸命伝えにくる。「踏まないで!」って必死に伝える。こちらの云う事も可なり理解出来る。
言葉は違っても ちゃぁんと伝わるものだ。
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by souu-3 | 2013-10-16 17:49 | ペット

道頓堀

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今年も グループ展を道頓堀のギャラリーで開催した。
あれから 1週間が過ぎた。特に何があったという事もないのに時間の過ぎるのは早い。

d0330311_15425346.jpg1612年に安井道頓が私財をなげうって開削に着手し、従弟の道ト(どうぼく)が受け受け継ぎ、1615年に運河が完成したそうだ。
開削者の名を取って道頓堀と呼ばれるようになったことは 大阪の人は
よーーく知っている。
江戸幕府が大阪を直轄領とし市街地の拡張策をとった時から町が始まったそうな。
道頓堀といえば 祖母や母の若い頃、道頓堀五座と呼ばれる浪花座・中座・角座・朝日座・弁天座の五つの劇場があり 左程遠くない所に住んでいたこともあり よく通ったそうだ。

以前のブログに書いたことがあるが 当時から「雛寿司」というのがあり
おままごとのような小さいお寿司が何故か我が家のお気に入りで 祖父が亡くなる前 食べたいと言った。この店が現在もあるのが嬉しい。

しかし、目まぐるしい程 変化を遂げている
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松竹芸能が運営する「道頓堀角座」の新劇場が7月末オープンした。
そのすぐ近くには吉本興業が運営会社と共同で9月から「道頓堀ZAZA(ザザ)」が。
ゴチャゴチャした大阪らしさに拍車がかかったように感じるのも 老いの所為だろうか。

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東京で人気のレストラン「俺のフレンチ・イタリアン」が関西初出店!
高級食材を贅沢に使い一流の料理人がつくったイタリアンやフレンチが低価格で味わえるという。

屋外型のテラステントで立ち席のみ87席だそうだが 若い人たちがイッパイ並んでいる。
大阪10食限定シェフこだわりの原価割れ商品『オマールのジュレよせキャビア添え』 コクのあるソース味に仕上げた大阪版『ロッシーニ』、『冷製カルボナーラ』など、大阪限定の料理と大阪産のワインが頂けるらしいが 立って食べるって!? ねぇ (>_<)y-.。o○
やっぱり 座って食べたい。
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by souu-3 | 2013-10-13 16:25 | 大阪・京都

体育の日

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10月10日といえば 1年で一番爽やかで良い日だと思う。今年はちょっと違うかな?
晴れの特異日だから49年前、東京オリンピックの開会式の日に決まったと言われている。これには反論される方もあるかもしれないが 昨日は台風の影響でお稽古の人が車から降りて家に入るのさへ躊躇するほどの降りだったが 朝、掛かっていた雲も何処へか流れ、真っ青な空が広がっている。
この日が体育の日のままであった方が良いと思うのは年中休みのような生活をしているからだろうか?


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d0330311_10124490.jpg先日の京都、
御所を通る時に寄った「梨の木神社」
境内には約500株の萩が植えられており「萩の宮」とも呼ばれているようで 萩の木には句が書かれた短冊が 風に揺れていた。

かつて旧三条邸があった場所で 祭神は公家・五摂家の一つ尊皇攘夷派の三条実万(さねつむ)、その子・実美(さねとみ)を祀る。

最近、本殿などの改修費用を確保するため、境内の土地を業者に貸しマンションの建設をするということで新聞を賑わしていることもあり どんな所だろうと思っていた。
計画では、境内約8100平方メートルのうち、駐車場として使っている南側部分約2100平方メートルを60年間の期限付きで貸すという。

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境内に「上田秋成翁終焉地」の歌碑が立つ。⇒
「ふみよめば 絵を巻きみれば かにかくに 昔の人の しのばるるかな」

結婚式も挙げられるらしく 丁度、若い二人が見学に来ていた。
また、ここの手水舎は京都の三名水のひとつといわれる「染井の井戸」がある。
この井戸はかつて文徳天皇の皇后明子の方の里御所の跡にあったもので、宮中御用の染所の水として染井の水が用いられたといわれ、甘くまろやかな味で茶の湯にも適しているとか。

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マンション計画地は この辺りだろうか?
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by souu-3 | 2013-10-10 10:10 | 大阪・京都

八重の桜 2

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新島旧邸から 御所を横切り蛤門近くで昼食。
参加者の中に同志社出身者が6名参加していたので 夫々の思い出を語って下さった。
大学予科生だった当時の話から 地方出身者が仲良くしていたことや下宿の話、真面目に勉強してノートが売れた話、学園紛争で殆ど授業がなかった時代の話など 年齢の違う、時代の違う学生時代の話に 皆聞き入っていた。

午後は新島襄が興した同志社英学校、後の同志社大学、同志社女子大を見学。
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途中、抜け出して 女子大のすぐ近く相国寺へ 今月お命日である白川静先生のお墓へ。
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何時もは 文字のお仲間とお参りするが この日は人っ子一人いない静かなものだった。
序参りは良くないとは言うが 皆さんの行かれる日には又々出かけると機嫌の悪い夫の顔色を見ながらではと 失礼な事ではあったが私の気持ちは これで収まった。
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by souu-3 | 2013-10-08 09:39 | 大阪・京都

八重の桜

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大河ドラマ「八重の桜」も舞台が京都へ移り クライマックス?を迎えている。
今まで これらのドラマは殆ど観なかったが 今年は珍しく熱心に観ている。

鴨川の丸太町橋を渡ったところに「女紅場」址地の碑が建てられている。

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八重が教師を務めた「新英学校(しんえいがっこう)及女紅場(にょこうば)」。
ここは、女子教育の必要性を説いた兄・覚馬の理想を実現とした日本最初の公立女学校である。
八重は、ここ女紅場で礼儀作法や裁縫、茶道を教え機織りなどの授業を受け持ち、女子寮の監督も務めた。
TVで「舎監」という言葉を聞き 遠き昔を思い出した。
学校の中に寄宿舎(寮)があり 厳しい舎監が生徒を見張っていた。いや、そこに入っていなかった私たちは 大事に守られているその人たちが特別に見え羨ましい気持ちでみていた。
この碑の正面以外の3面には 夫々← このように書かれている。


女紅場を前身とする鴨沂(おうき)高校の正門は、当時の門を移築されている。
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明治5年最初の女学校として誕生し 明治9年 女学校及紅場と改称、明治33年 茶室と正門と共に九条殿河原町邸より現校地に移転、明治37年  京都府立京都第一高等女学校と改称し、昭和23年 学制改革により京都府立嵯峨野高等女学校を統合し、京都府立洛北高等学校を同居学習として迎え入れて「京都府立鴨沂高等学校」に改称された。

この校舎や施設は耐震化の為、年内にも取り壊され、3年後を目途に新校舎を建て替えられるらしい。

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八重が ここで結婚し暮らした新島旧邸が一般公開されている。(事前申し込みが必要)
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ボストンの友人J. M. シアーズの寄付によって建てられたそうで  この場所は同志社英学校が開校した際に仮校舎として借家した高松保実邸の跡で 外観はコロニアルスタイルの洋風であるが、造りの基本は和風寄棟住宅である。
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八重の兄の山本覚馬が江戸に出て学んだ佐久間象山の塾で一緒だった勝 海舟の書が飾られていた。
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八重が作った茶室「寂中庵」
他に書斎、洋式トイレ、等々を見学。
実物を見、ドラマを観ると判り易く身近に感じるようだ。【後日に続く】
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by souu-3 | 2013-10-05 05:44 | 大阪・京都

神無月

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今日から10月
とても良い季節になった。
でも、お昼間はまだ30℃近くになるようだが。
神無月
神在月と言われる出雲大社に全国の神様が集まるとか。出雲以外には神様が居なくなる月?

昨日の朝はこんなに真っ赤な空だった。つい先日、愛でたばかりの仲秋の名月が 三日月になり薄っすらと出ていた。「朝焼けは雨、夕焼けは晴れ」といわれるが 雨は降りそうにない。
天気は西から東へと移っていく。そのため、天気のよい状態はすでに東に移っているため、日の出の時、東の空に朝焼けがおこると、まもなく西から雲が近づいていると考えられる。だから、雨になりやすいらしいが。

藝術の秋
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明日、搬入し4日~6日は道頓堀でグループ展。
20日は公民館まつり
12日からHANARRTが市内で催される。輪読会やコンサートなど 予定が多い。
主人の体調が良いようにと願いながらの行動である。

公民館のお稽古に つい先日から来て下さり「いろは」から練習を始めた人がいる。紙を小さくカットし ここに1字ずつ書いてきてもらった。
有り合わせの額に ↑ こんな風に散りばめてみよう。

食欲の秋
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包装紙はクチャクチャになったが この中に入っていたお芋さんは美味しかった。
「大阪あべのへ きはったらうちのイモ食べてみてくれまっか チンチンと蒸して焼いたのと蜜につけたのんと二種類しかおませんが どちらさんにもこりゃうまい!と云うてもらえる味でおます。嶋屋のポテト。ホレッ・・でっしゃろでっしゃろ なんやら幸せになったような微妙な味がなんとも・・・ホクホクと今日も笑顔でんがな」

来年60年に
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2014年1月1日で市制施行60周年になる 我が大和郡山市。こんなロゴが出来た。
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その記念もあって 新聞に こんな広告も。
その又、中へ入れる広告に協力をと、広告会社から電話があり ちょっと思案したが「三楽会書道教室と名前」だけ入れてもらった。
今月もがんばろう。
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by souu-3 | 2013-10-01 09:38 | 書道
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一瞬のきらめきを求めて


by souu-3
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