玉響記=たまゆらのき=

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カテゴリ:関西( 5 )

22年前

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あれから22年。
あの時は まだベットの中に居た。大きな揺れに飛び起きた。阪神淡路大震災だ!
今のリク・アイではなくパピ・ジョアン・ヤン(猫)と娘もまだ家にいた。
地震の時はドアを開けておく、そんなことが頭を過ぎった。揺れる中 玄関のドアを開けに降りることは出来た。「そんな所へ行ったら危ない!」娘が叫んだのを覚えている。玄関は吹き抜けになっているので頭の上に吊るしたシャンデリアが大きく揺れていた。
随分、長い揺れだった。

揺れが収まりTVをつけると各地の震度が出た。
が、神戸の情報が届かないと。
震源地は明石辺りらしい。

姫路の姪は大丈夫だろうか?
その時点では電話も通じた。大丈夫だと、怖かったね~~ お互いの無事が確認出来 姉たちにも連絡は出来た。
連絡しなかった下の姪は 当時、マンションの9階に住んでいてエレベーターは動かない、揺れも大きかったらしい。相当、怖い思いをしたらしい。その後、すぐ引っ越した。

当時も朝のウォーキングをしていたが 見合わせることにした。
が、時間が経って 歩けるかな?と友達と歩き出して暫くすると「ゴーーー」と地鳴りと共に又揺れ出した。
大急ぎで引き返した。
そんな日が 2日  3日と。
TVは被害を映し出す。

ジッとしていられず 私たちに出来ることがあるかもしれない。
「歩く」こと以外には取り柄もないけれど 出かけよう。
友と二人 当時はお互いの夫も22才若かった。留守を託して阪急電車が西宮北口まで動いている。
川を渡った辺りから 潰れたマンションに車が圧し潰されている。被害の凄さが見えるようになってきた。
北口から歩いて市役所まで行った。
ここもヒビが一杯入った階段を上り ボランティアが集まるようになっていた。
「届け物を出来る人」「炊き出しを出来る人」「公民館へ行って救援物資を運べる人」呼び出されると出来るかと思う人が前へ出る。
我々は数人の人と 春風公民館という所へ行った。
体育館には避難している人でイッパイだった。その頃には自衛隊の大きな自動車で色んな物が運ばれてきた。その荷物を降ろし仕分けをする。
役所の人か 音頭を取る人の指示に従って それらの物を渡したり傾いた家に残っている人もあり それらの家々にも台車で運んだ。
「怪我をしているから〇〇が欲しい」とか これは如何すれば良いのかなど尋ねられたことを聞きに戻ったり・・・
何しろ今より22才若かった。姪とは21才違いであるが今の あの子くらいの年齢だったんだなぁ
私の方が元気だったような気がする。

その後、何度か出かけたが 壊れた線路を直し復興に頑張る人を見ていると 不謹慎かもしれないが蟻んこが壊された巣を修復しているような気がした。みんな必死だったように思う。
持って行ったおにぎりを食べながら 地震の時単車に乗っていて飛ばされたという人の話も聞いた。震度7ともなると、それも高速道路やビルの倒れたのを見ると本当に大変な地震だったのだと思う。
この22年の間には大きな地震も東日本や熊本、台風や水害も こんなに起こるのかと思うほど起こっている。
「災害は忘れたころにやってくる」嘘!何も忘れてはいない。

その後 ボランティアには何度か。お水を運んだり 壊れた家の片づけなどにも行った。

必ず起こると言われている南海地震。その時私は何歳になるのだろう?立ち直れるだろうか?






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by souu-3 | 2017-01-17 05:46 | 関西

山の辺の歌碑 3 & 京へのいざない

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9月13日、京都国立博物館・平成知新館がオープンした。
d0330311_17243630.jpg 設計は、ニューヨーク近代美術館 新館、東京国立博物館 法隆寺宝物館、豊田市美術館などを手がけた世界的建築家、谷口吉生氏。
10年前、讃岐美術館巡りをしたとき、MIMOKA(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)で小佐古館長が 偶々来館されていた谷口吉生氏を紹介して下さった。(勿論、その時一緒に写真を撮っただけ)
← 右から3人目 谷口氏、4人目館長。

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このオープン記念で 京都国立博物館収蔵の名品が一堂に会する「京(みやこ)へのいざない」が開催されている。この展覧会では、それぞれの時代を彩るに相応しい作品を選りすぐり、各展示室ごとにテーマをもうけ、展示されている。

d0330311_17444495.jpg10月30日は 白川静先生の命日である。
少し早めに 漢字の仲間とお参りした。
その帰り 京博へ行った。

明治古都館では 鳥獣戯画と高山寺が開催されているが 待ち時間は1時間、長い行列が出来ていた。
平成知新館は ロビーは3層吹き抜けで広くゆったりしている。
国宝、重文がズラリと展示される中、私にとっては継色紙が最高だった。 全て観終わって再度見に行った。

入口近くにあるミュージアムショップでハガキを見ていると やはりハガキを求めている人が谷口氏にとても似ていて気になっていた。その時は この知新館の設計者であることは知らなかったが そうだったのだろうか?




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山の辺の歌碑
最終は 古事記より2基
左は 神武天皇御製
葦原の 繁こき小家(をや)に 菅畳 いや清(さや)敷きて 我が二人寝し

葦原の、葦の繁った小屋に、菅の蓆(むしろ)をすっかり清めて敷いて、二人は寝たんだよ。

伊須気余理比売を宮に召したとき、狭井川のほとりの比売の家で一夜を過ごした昔日を思い出して詠んだ歌という。

右は
刀匠・月山貞一の書
狭井河よ 雲立ち移り畝傍山 木の葉さやぎぬ 風吹かむとす

狭井河の方から雲が立ち起こって、畝傍山の樹の葉が騒いでいる。風が吹き出しますよ。

神武天皇がお隠れになってから、その庶兄の当芸志美美の命(たぎしみみのみこと)が、皇后の伊須気余理比売に言い寄るのであるがその時に、三人の皇子たちを殺そうとして謀ったので、母君の伊須気余理比売がご心配になって、歌でこの事を御子たちにお知らせになった。
神武天皇の皇后の伊須気余理比売の歌で、叙景歌であるが、危急を知らせる風刺歌である。「風吹かむとす」は危険が迫っていることの隠喩。

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【グレース・オブ・モナコ】
最近、見たいと思っていた映画の3本目は「グレース・オブ・モナコ」
世紀の結婚式から6年経った1962年、グレース・ケリーはモナコ宮殿のしきたりに馴染めず社交の場で女性が政治に意見するのはアメリカ流だと皮肉られ、夫のレーニエからも公の場では美しいだけの人形でいることを望まれる。

夫と「お父さんの所へ嫁ぐのとはエライ違いやなぁ」なぁ~んて話しながら帰宅した。



【年賀はがき発売】
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年賀はがきの発売が例年より早く30日販売された。
同時に干支文字切手、年賀用の切手も売り出された。
一度に各種購入。

もう、こんな季節になったのかと気忙しく感じる。

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by souu-3 | 2014-10-31 06:09 | 関西

淡路島

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淡路島と云えば 一番に何が思い浮かぶでしょうか?
私にとっては まだ、明石海峡大橋もない頃 洲本へ海水浴に行った頃のことが浮かびます。

7月16日は
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桂文枝の誕生日であり、三枝から文枝に襲名して丸2年という日でもあり、昨年の文枝フェスティバルinなんば花月」に続き今年も「文枝フェスタ2014」が開催されました。

今年は 文枝師匠が「淡路島名誉大使」に就任されたこともあり この日は淡路島一色という感じでした。
淡路島は玉葱の産地だそうですが 関西に住んでいても特にそんなことを意識したことはありません。
寧ろ、玉葱と云えば泉州が頭に浮かびます。岸和田や貝塚などに行くと玉葱小屋があっちこっちにあり産地なんだと思っていました。
嘗ては、泉州たまねぎは日本一の産地だったと記憶しています。最盛期の昭和35年頃は栽培面積は4000haあったようです。
私の頭は古いのでしょうね。
世の中 移り変わっていくのですから淡路島が玉葱の産地であっても不思議はありません。
「ターザン」という品種だそうです。
今年のフェスタのお土産は この玉葱だったのです。
これを戴けることは判っていましたので大きめのカバンを持っていきました。(^_^)/

d0330311_17202062.jpg今回、文枝の会報「窓辺のマーガレットnews」を見て 先日、輪読会の人達と「国生みゆかりの地」へ行く計画があったのですが 出発から帰宅まで12時間も留守にすることが出来ない私は参加することが出来なかったのと この日は淡路島出身の大地真央さんがゲストだということで急遽、チケットを購入したのです。
電話予約し、コンビニで支払うというのに 初めて挑戦しました。
14ケタもある数字を打ち込んだり 判らない時は電話を掛けるように教えてもらっていた所へ電話で問い合わせたり 何度かやり直してやっと出来ました。
こういう機械を使う人は多いのか タッチパネルは指紋だらけ。何と汚れている事かと 変なことに感心しました。
まぁ そんなこともありましたが無事観ることが出来たのです。

大地真央は宝塚以来だったかと思います。娘が小学生だった頃ですから 随分、久しぶりでしたが一段と綺麗になって58才にはとてもみえない若さは 如何して保てるのでしょう?

当日の落語は桂三語の「開口一番」 桂枝三郎の「四人ぐせ」 文枝の「芸者ちどり・24才」
中入り後 真央と文枝の対談。昨年の浅丘ルリコとの対談より すっきり纏まっていたようです。
238作目の創作落語だという~神話・国土創世の島~「淡路島」の舞台準備の間、本濱寿明さんのクラリネット演奏。この方も淡路島出身だそうです。
今回の落語は 古事記愛読者としては ちょっと期待外れでしたが何時ものように楽しい時間でした。

19時開演でしたから急ぎ帰宅しなければならないのですが 抽選会があり席を立ちにくかったのです。
兵庫県知事など関係者が数名いらっしゃたのですが 如何しても兵庫県というと例の号泣県議のことが話題になり 知事は「先に支払ってあるものの報告をしてもらっていたら ああなった」と。師匠と知事が「泣くことはないですよね」なんて一幕もありました。
その時の抽選で ニュー淡路宿泊券1ペアの当選者は私の隣の席の人でした。

次の文枝落語は 9月13日地元です。
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by souu-3 | 2014-07-17 18:03 | 関西

官兵衛 & 創作作品 [続き]

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御着城(ごちゃくじょう)は小寺政隆が築き 本城とした。d0330311_1450633.jpg
→ 
ふる里にわれらの古城をたづねて
「しづかなる 姿のままに ふるさとの山川みえて かにかくうれし」の歌碑がある。

官兵衛は小寺政職(まさもと)に才能を認められ家督を継ぐまで このお城で政職の近習として仕えた。

政隆はドラマでは頼りなげな人物に感じるが 国内状況を見極め、姫路城の東方に御着城を築き、御着城を拠点に姫路城と併せて外敵に対抗、小寺家を播磨の強豪にまでのし上げた人である。

ここには黒田家廟所があり 官兵衛の祖父・重隆(左)と母・明石氏の墓標がある。
門には
d0330311_15362343.jpgd0330311_15364493.jpg黒田家の家紋である「藤巴」の紋(両脇)と、竹中半兵衛からもらったという「石餅」の紋(中央)がある。
江戸時代に福岡藩主であった黒田家が享和2年(1802)に完成させたもので、資材を福岡から運んだとあるが瓦は深志野で焼かれ、石塀には竜山石が用いられている。御霊屋は現在銅板葺であるが、もとは本瓦葺。五輪塔は享和のままを保っている。


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清酒工場と昼食
ここにあった李白の「月下独酌」の詩が目に留まった。
「天若不愛酒 酒星不在天 地若不愛酒 地應無酒泉 天地既愛酒 愛酒不愧天 已聞清比聖 復道濁如賢」
天がもし酒を愛さないなら 酒星が天空にあるわけがない。 地がもし酒を愛さないなら 地上に「酒泉」があるはずがない。 天も地も確かに酒を愛している。 酒を愛することは天に恥ずべきことではないのだ。 酒の清らかさは聖なるものと言われ、また、濁った酒は、賢(知性)のようだと言う。


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前々回に書いた 創作作品=自分らしい作品を書く=の 続き。
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古典のコピーを切り抜き 書きたい文字を並べてみる。使いたい字が何種類もあれば一文字しかない場合もある。いや、全くない場合は似た字をくっ付けたりアレンジしたり 又、上に使うべきか下へ持っていく方が合う文字か判断する。
それを 今回はトレッシングペーパーで写し取ることにした(勿論 それを元に筆で書けば良い)流れや文字の形が合わなければ 違った文字と変更する。字間を広げたり詰めたりして流れが良いか判断する。
短いものから初めて 俳句、短歌と書く文字を増やして創作へと進めていけるように練習しよう。
漢字作品の場合も 文字が並んでいるだけでは作品とは言えない。全体のバランスが大切だから全体を見ながら書く習慣を付ける。それには考えて書く必要がある。そうすれば臨書、手本を見て書く場合も手本の見え方が変わる。展覧会での鑑賞も変わってくるものだ。考えて書くことは大切だと思う。

母の日 =追記=
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by souu-3 | 2014-05-11 06:42 | 関西

今年は「官兵衛」

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NHKの朝ドラや大河ドラマの舞台となる地が賑わう。
数年前、小浜は「ちりとてちん」 去年は三陸(あまちゃん)、京都(八重の桜)と そこは賑やかだ。
何時頃から こんな風になったのだろう?1回目の「花の生涯」の頃はそんなことはなかったと思うが。

今年は 断然「軍師官兵衛」
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遠くの場合は無理であるが 関西が舞台であるとOB会で その地へ行く計画をして下さる。
今回は 姫路。
白鷺城の漆喰や瓦などの傷んできた大天守の保存修理工事を平成21年10月に開始、現在大天守の周囲を覆う素屋根の解体工事が進められている。総工費28億の内 覆屋の費用が13億というガイドさんの説明であったが 我が家のような小さな建物でも壁の塗り替えなどで組む足場代が高いので そうなのかとは思う。これを取り外し全容が見られるのが来年の3月というから大変な作業である。

来年は久坂玄瑞の妻で 吉田松陰の妹・杉文が主役の「花燃ゆ」だという。
さて、何処へ行く事になるのだろう?

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d0330311_835693.jpg当時、姫路城は現在のように大きくはなく、この御着城が本城、姫路城が支城という位置づけだった。

黒田官兵衛の祖父が作って財をなしたという目薬の木が この御着城址に植えられていた。

春から夏にかけて採取した樹皮や小枝を日干しし煎じた汁で洗うと眼病などに効用があるらしいが ネット検索するとこの木には有効成分が沢山含まれているようだ。

この目薬の木は 落葉樹で紅葉するらしいが 今は新芽が目に沁みるほど美しい。
何時植えられたのか判らないが もっともっと大きくならないと煎じるほどの樹皮は採れないだろう。

この御着城址には官兵衛の母明石氏、祖父重隆の五輪塔などがある。


                    後日に[続く]

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by souu-3 | 2014-05-09 08:42 | 関西
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一瞬のきらめきを求めて


by souu-3
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