玉響記=たまゆらのき=

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真田丸

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やっと平年並みになった気温。
暖冬は動き易く有難いのだけれど何だか心配、寒い時には寒くが良い。
そんな時でも花たちは春の準備を始めている。桜も蕾を膨らまそうと頑張っている。
ひと足早く蝋梅が咲き初めた。今年は葉っぱが色付いても落葉出来なかった。枯れた葉っぱの中に蕾が埋もれているようだった。私の手伝いは迷惑だろうと思いながら お節介婆さんは葉っぱをもぎ取った。

d0330311_8274836.jpgお正月前からNHKは今年の大河ドラマのことばかり放映している。
一昨年くらい前だったと思うが大坂の陣400年ということもあり 大阪玉造には幸村ロードと名づけられた商店街が出来たり 既に大阪も真田色になっているように思うのは私だけだろうか?

大河ドラマというと題字が気になる。
今回は挾土(はさど)秀平さんといわれる芸術家でもある左官さんの作らしい。飛騨高山の赤土に書かれている。これを制作している様子も放映されていたが 両脇に滴(?)のように凹んでいるのは遠くから土を勢いよく投げつけていた。
左のは地べたに真似て書いてみたものだが 赤土のようにはならない。
面白い発想だと思いながら似ても似つかぬものを書いてみた。

いよいよ今夜から始まる。

真田丸は大坂城に実在した砦の名だそうだが 真田信繁(幸村)は実際には亡くなる1年間以外表舞台に出なかったらしいが 最後を迎えた地が馴染のある大阪・天王寺にある。
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2014年6月と 2015年10月に記載した所であるが 逢坂という所に安居神社(安居天満宮)はある。
少彦名神と菅原道真が祀られている。
「元和元年5月7日大阪夏の陣で真田幸村がこの境内で無念の死を遂げた。
この地からはるか故郷 信州上田を偲び 父昌幸公を慕い 大阪城に思いを馳せていたのかもしれない」と説明板にある。
また、幸村公の生き方は生きる人間の本義を貫いた人として多くの人に愛されている。とも書かれている。

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この神社近くにある茶臼山は慶長20年(1615年)5月7日夏の陣最大の激戦が繰り広げられた。

茶臼山の北にある安居神社で休息しているところを越前兵により討ち取られた。


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三光神社には 真田の抜け穴があり・・・
d0330311_7551129.jpg九度山にも真田古墳があるそうだ。(写真はネットから拝借)これは横穴式石室らしいが 真田の抜け穴といわれ この穴を通って大阪城へ続いていて 戦場へはここから出向いていたと言われていたらしい。


ここから大阪城までは無理だろうとは思うが 夢があって良いなぁ(*^▽^)/★*☆♪

こんな夢 大好き!
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by souu-3 | 2016-01-10 10:39 | 雑記
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一瞬のきらめきを求めて


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