玉響記=たまゆらのき=

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郡山城石垣整備工事

d0330311_1049919.jpg平成29年3月末の完成を目指して郡山城天守台展望施設整備事業が進められている。
現在、石垣が膨らむなど崩壊の恐れがある北西面の一部を解体し、破損部分を組み直す工事を実施中である。400年前の石垣を可能な限り残すため、解体は最小限にとどめる方針で、解体面積は石垣全体の13%になるようだ。昨年5月、6月と 9月にも説明会があったことは既に記載済みである(夫々にリンクあり)。d0330311_1124572.jpg
石垣の表面にある大きな石(築石)の解体数は236個。石垣を支える四隅の石は特に重要で、北西角に積んであった石(角石)は最大2・8トンあった。
郡山城は大和・紀伊・和泉の3ヶ国に河内国の一部を加え、約110余万石の大名だった豊臣秀吉の弟、秀長が居城とした。
明智光秀や藤堂高虎らが普請に携わり、筒井順慶や秀長らの主導によって改修された。
奈良は良質な石材が乏しかったため、奈良一帯の各戸に五郎太石の提供を義務付け、寺院の石地蔵や墓石、仏塔なども徴発され石垣石として使用された。中には、平城京羅城門のものであるといわれる礎石が使われていたり、8世紀ごろの仏教遺跡である 頭塔の石仏が石垣の中から見つかっている。

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今回の解体でも 左写真の矢印辺りから 右のお地蔵様が出てきたそうだ。(このお地蔵さまは痛みが酷く元の所には埋めないということだった)

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こうして割れた物は取り除かれ同じような形に作られた石と交換される。割れていても接着剤で補修出来るものは元の通りに積むそうで それらには黄色いテープが張られていた。

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築石、裏込め(栗石・砂利層)、盛土の三層から成っている。角部分は直方体の石を使い長い面と短い面を交互に積む算木積みの手法で積まれている。盛土部分が層になっているのは 下から順に積み上げたために出来たものだとのことだった。

また、今回は石を割る実演があった。
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ノミで矢穴をあけ 矢を差し込み水をかけて矢の頭をかけやでたたく。これが中々難しいのか時間が掛かった。 石が割れた時は回りから拍手が沸いた。

この日は裏込め石に想いを書く事も出来た。
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「平和のシンボル金魚が泳ぐ城下町」
「再生祈願 400年後の〇〇〇」
「御先祖様に感謝」
「無限」
などと書いた人もいるが
私は・・・
事前に書くことは判っていたのに 中々良い言葉は浮かばなかった。
今度、修理が必要になる?400年後の人々が こんな人が居たのだと思ってほしい。
なんて考えると短い文章に纏める難しさを痛感した。
でも、遠くへ行かなくっても ここで楽しい生活が出来る今、幸せだと思っている。それはここに住んでいるから。そんな思いをつづった。

これらの裏込め石は多分、大きく解体された北西辺りの中へ入れられるだろうということだった。
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by souu-3 | 2015-11-16 00:10 | 奈良
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