玉響記=たまゆらのき=

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奈良きたまち 2

奈良に住んでいても知らない所、知らない事がいっぱい!
今回の散策はボランティアガイドさんと歩いたので よく知られている少年刑務所や般若寺だけでなく思いがけない所へ行った。

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北山十八間戸。鎌倉時代(1243年)ハンセン病などの不治難病の患者を救済するため、西大寺の僧・忍性によって建てられた福祉施設で 東西約37m、内部は18室に区切られていて、衣食住を提供してきた収容者の数は、
延べ1万8千人といわれている。
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史跡北山十八間戸の説明板には
「鎌倉時代の中頃、僧忍性が不治患者救済のため、北山(奈良の北の山という意)に宿舎を設けたもので、はじめ、般若寺の東北に建立されたが、永禄十年に焼けたため、寛文年間に、東大寺・興福寺の堂塔を南に眺められて、不幸な人々の養生にふさわしい今の地へ、鎌倉時代の遺風を承け継いで建てられたものである。建物は、十八の間数のほかに仏間をつけ、裏戸に『北山十八間戸』と縦に刻書(写真右)がある。大正十二年三月三日、慈善事業の遺跡として史跡に指定された」

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建物の内部は このように区切られている。
南に面した場所(庭?)からは若草山が望め 山焼きなどの眺めは素晴らしいのだろう。


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近くには奈良少年刑務所がある。1年に1度(例年9月)『奈良矯正展』があり、全国の受刑者が作った「刑務所作業製品」の展示即売などが行われる。以前、偶然この日に行った事があり 一緒に行った人が和ダンスを購入したことがあった。とても丁寧に製造されていた。
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コスモスで有名な般若寺は 少し前には水仙が綺麗だったようだが山吹など四季に咲く花の名所である。
飛鳥時代に創建され天平のころ平城京の鬼門を鎮護する寺となり、般若経の学問寺として栄えた。

d0330311_21414542.jpg奈良といえば 公園などに多くの鹿がいる。
この鹿には鹿せんべい。

そのせんべいを製造しているのが ここ!
原材料は小麦粉と米糠。これを水で混ぜ丸く伸ばして焼いたもの。
焼きあがったせんべいは大きさを揃えて10枚一括りにし鹿のマークが入った証紙付きのものが公園で販売される。

鹿せんべい製造業者は全国でも奈良市にある5軒だけという。

先日、リクの誕生日に購入したケーキも人間が食べると全く味のないもので美味しくもないが喜んで食べた。
この鹿せんべいも どうやら それに近い物のようで味はないに等しいらしい。
と、いう事は鹿に人間の食べるものを持っていくのは よくない。
ドングリか この鹿せんべいを与える以外は止めた方が良いのだろう。




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奈良市の北端、平城山(ならやま)の東の端に位置し、京都府との県境に近いところに「奈良豆比古神社(ならつひこじんじゃ)」がある。
嘗ては奈良坂春日社と称していた。春日社とも八幡社とも称する。中殿に平城津比古大神(当地の産土神。奈良豆比古神ともいう)、左殿に春日宮天皇(施基親王、志貴皇子、田原天皇ともいう)、右殿に春日王(志貴皇子の子)を祀る。
本殿裏に 幹周7.5m、樹高約30m、樹齢約1000年という楠の巨樹がある。
楠って長生きで こんなに大きくなるものなのかと思うほど大きい。

また、能楽の原典といわれ、2000年12に重要無形民俗文化財に指定された民俗芸能の翁舞が伝わる。
翁舞は、秋祭りの宵宮(10月8日午後8時頃)に奉納される。翁講の人々が渡り床を通って拝殿に上り 本殿を拝して座に着き、大夫が前謡を謡い千歳(せんざい)が舞う。大夫の舞、脇の二人が付き添って三人舞になり、翁面を着けた三人が並ぶ華やかな場面になり、最後に三番叟となる。奈良阪の翁舞は三人の翁が登場して舞うのが特色である。
春日王が病に倒れ奈良山に隠れたとき、「散楽」を舞って春日明神に祈ると病気が平癒したといわれ 今も地域の人々の幸福を願う民族芸能である。=神社のパンフレットから=
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by souu-3 | 2015-03-02 06:27 | 奈良
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