玉響記=たまゆらのき=

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思いがけないこと

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本薬師寺に咲く ホテイアオイ
午後、訪問した時は西日が射し逆光であったが 午前中に行かれた方が画像を送って下さったので差し替えることにした。
花の向こうに見える山は 大和三山の 
一つ 畝傍山である。
平城遷都に伴って寺は伽藍ともども西の京へ移築され、本薬師寺(もとやくしじ)と呼ばれるようになった。


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晴天に恵まれた土曜日の午後、橿原神宮にある奈良縣神社廰で大和学講座・神々の世界を学ぶの3回目『日本人の心のルーツ「古事記」と語り部の里「稗田」』が開催された。
d0330311_1113824.jpgこの催しのことは知らなかったが 予定をしていた方が行けなくなったので 私が行かせてもらうことになった。
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講師は賣太神社の禰宜さんである藤本眞喜子先生。
講演の30分前には殆ど会場いっぱいになるほどの盛況ぶりである。開会時間には いつものにこやかな眞喜子先生が入場された。

壬申の乱で勝利を治め即位された天武天皇が 帝紀と旧辞(くじ)の誤りを削り真実を定めて記録し 後世に伝えようと稗田阿礼に誦習されたという。その後30年が経過して元明天皇の御世になって太安万侶によって記録された経緯のある「古事記」は 漢文体では日本の古代を語ることはできないと生訓字(せいくんじ)と仮名に分けて使う 変体漢文体(倭文体)で書かれた。
冒頭の「天地初發之時於高天原成神名天之御中主神=訓高下天云阿麻・・・
「天地(あめつち)初めて発(おこ)りし時に 高天(たかあま)の原に成りませる神の名は 天之御中主の神=高の下の天を訓(よ)みてアマといふ」と態々読めるように記されている。

稗田のこと、賣太神社のことは ここでは省略するが 神社庁の方が「阿礼さまが男性か女性か」とはよく言われるが そんな話も出るかもしれないと挨拶で言われたのを受けて。
正直、今の時点では判らないが 女性だといわれるのは 話をするのはおばあさんが多いこと、神楽を舞うのは女だからという説。男性だといわれるのは 文章の中に「舎人あり」と書かれている、舎人は男性であるからという説があってどちらとも言えない、と。

また、「国生み」の語りがあった。いつもながら美しく優雅な読みにウットリしながら聞き入った。

この帰り、元薬師寺のホテイアオイを見に寄ってもらえた。この日は思いがけず聞くことが出来た講演会に思いがけないお花まで見ることが出来た。
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d0330311_1725028.jpg去る7月2日、うねび北小学校の生徒たちが 泥んこになって植えたホテイアオイが 丁度満開になった。
景観美化のため地元農家らでつくるまちづくり団体が 1999年から休耕田約1.4ヘクタールで栽培。今年は 約1万4000株の苗を植えたものである。

丁度、見ごろかと思われる薄紫の花は西日に照らされ美しい。
彼岸花は盛りを過ぎていたが 柿の実がたわわに実り色付き始めている。

春の花も良いが 秋もまた楽しい。



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翌 28日は奈良大学の上野誠先生の「大津皇子と二上山」の講演があった。
d0330311_1659065.jpg  伊勢神宮の斎宮であった大来(おおく)皇女は弟が罪を犯したことから任を解かれ都に戻っていた。その大来皇女の歌
「うつそみの人にある我や 明日よりは二上山を弟背と我が見む」
この世の人である私は明日からは もはや、二上山を弟と思って眺めていこう
大津皇子は二上山に葬られた。
「うつそみ」は「うつし(写)とおみ(臣)」
1時間の講演は あっと言う間である。

上野先生の新刊本に この「うつそみの人なる我也」と書いて下さった。

この本は眠くなるので不眠症の人が読むと良いなどと先生らしい冗談を仰っていたが プロローグに 折口先生への問いかけとして「まれびと」とは何か等々 まだ読んでいないが中々面白そうである。
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by souu-3 | 2014-09-28 17:22 | イベント
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一瞬のきらめきを求めて


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