玉響記=たまゆらのき=

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郡山城天守台発掘調査説明会

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6月の説明会から3ヵ月。天守を支えた礎石群が23石 東西方向に列状に3列見つかった。礎石がない位置には根石が残り1列に12~3石あったことが判った。 南北18m、東西15mの5階建て相当の建造物が想定される。その説明会が19日、20日に開催された。
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天守台まで上って発掘の様子を見学、上記の礎石などを目の当たりにし良好な状態で残存しているのを見ることが出来た。雨が降っても上手く浸み込んで雨水は溜まらないそうで この天守台の下はずっと石が敷かれているのか?明治時代に修理されたであろう周りのコンクリートらしき部分を取り除くと石垣が崩れる恐れがあるとの説明だった。
d0330311_19421858.jpg付櫓の地階石垣は広さの割に深く 下まで掘り下げることは出来なかったようだが その部分に入口があり 更に南から出入り出来るようになっていたのではないか。 その延長線の石垣には継ぎ足したと思われる部分がある。
現在 上り下りしている東側の部分(階段)は明治以降に付けられたものである。
天守と付櫓の連絡部の構造は不明。

北側には 城壁や城のまわりの土手の内側に設けた通路である武者走りがあった。


2枚目、3枚目の画像は説明会資料で 石垣部分は撮ってきたものであるが これまでこの前を何度通ったことか?こんなにはっきりした継ぎ目にも気が付かなかった。
説明を聞かなければ 何も判らない。知るって面白い。


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天守台上面に再建や修復の痕がないことから16世紀末の築造と判明した。

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付櫓から出土した「金箔を使った瓦」
これは豊臣家に近い城のみで使用を許されたとされるが初めて見つかった。ちょっと小さいもので拡大鏡を通して この通り。

この日 TV局も重いカメラを・・・
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8Kくらいだと言われていたが ちょっと提げてみたが とても重かった。重労働だ。
この後、発掘を見ての感想をインタビューされた。上手く喋れなかったし「ボツにしてね」なんて言うまでもなく 1,2分の放送には全く登場しなかった。

 
また、
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小学校の頃、お稽古に来ていた子が こんなに成長して頑張っている。
すっかり成人して顔は判らなかったが名札で判り、声を掛けた。こういう再会は本当に嬉しい。

天守台から 
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大仏殿なども見えるが この日は東にイオンモールが。その右手マンションに遮られているが「この辺りに」(マンションの向こう側)我が家がある。
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by souu-3 | 2014-09-20 00:26 | 奈良
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