玉響記=たまゆらのき=

souu3.exblog.jp ブログトップ

お地蔵様とあじさいの花

d0330311_5403958.jpg

日本列島が粗、梅雨入りした6日、奈良では早くも中休みかと思える午後、ゆとりの時間が出来た。
”そうだ!矢田寺へ行こう!”
近鉄郡山から バスに乗り込んだ。
おや!?見たことのある人が・・・
友達が乗っていた。
施設に入居されている叔母さんの面会に行くという。
が、その人は急遽、私の行く矢田寺へ同行するということになった。思いがけない二人連れ。

d0330311_548251.jpg

7日から臨時バスも出るが この日はお寺まで坂道を上りお寺の急な階段を一歩ずつ行く。
矢田寺は 矢田山金剛山寺という。斑鳩の里に連なる矢田丘陵の中心にあり日本最古といわれる延命地蔵菩薩を安置していると「しおり」に書かれている。
d0330311_693610.jpg

ここの猫は人懐っこくカメラを向けると傍へすり寄ってくる。
「撮れないから ジッとして!」
d0330311_6114263.jpg奈良は何でも(?)1300年前であるが ここもその頃後の天武天皇である大海人皇子(おおあまのみこ)が七堂伽藍四十八ヶ坊を造営、十一面観世音菩薩と吉祥天女を安置された。
丁度、金剛山寺の特別拝観時だったので入堂。
遷都1300年の時から 南都銀行OBの皆さんが現地案内、運営サポートなど活動されている。
この日も、その方たちが秘仏や縁起絵の説明をして下さった。
d0330311_614495.jpg
「矢田地蔵縁起」は現在奈良国立博物館にあるが そのレプリカでの説明で そこには閻魔王の悩みを相談された満慶(満米)上人が見たいと言った地獄の様子を絵にしたものである。
阿鼻地獄には猛火の中で必死に衆生を救う地蔵菩薩がいた。その菩薩は満慶に「現世に戻ったら 人々に私と縁を結ぶように」と言われた。地獄から帰り地蔵菩薩を満慶上人が彫ったが上手くいかなかった。そこへ四人の翁(春日四社明神)が現れ彫り上げた像をご本尊としてお祀りした。



矢田寺の紫陽花は そう離れていない地上よりやや遅いようで これから徐々に咲き出すようだ。
こうして整理すると好きな色の紫陽花と先日、友達が白の紫陽花が欲しいと言っていたのが頭にあったのかピンクや紫の花をあまり撮っていなかった(-_-;)

d0330311_6152579.jpg

何度も訪れていて今まで気付かなかったが「イワガラミ」の木に白い花が咲いていた。
一本は岩に沿って這うように伸びていた。そのまんまの名前やん!なんて言いながら楽しんでいたが ふと、
yoccoさんが鎌倉の東慶寺でご覧になった花だ!と思い出した。
植えてある場所によって見え方も違う。花だけも良いけれどそれを取り巻く岩や背景、建物も被写体として
重要なんだなぁ。
[PR]
by souu-3 | 2014-06-07 08:43 | 奈良
line

一瞬のきらめきを求めて


by souu-3
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31