玉響記=たまゆらのき=

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古代の鳥ー白鳥から朱雀ー

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早いもので もう、七草の7日であるが、
昨年最終の元興寺文化講座「古代の鳥」の話
9月から始まったこの講座は「舟」「道」「牛馬から駱駝」そして「白鳥」と、中でもこの白鳥にはたいへん興味があった。
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2012年10月輪読会のメンバーと訪れた鈴鹿市にある長瀬神社。
ここはヤマトタケル終焉の地である。
d0330311_9272894.jpg東征の帰途 病みつかれ三重村を通り 能煩野に着かれ死を目前にして
「倭は国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭し 美し」
「命の全けむ人は 畳薦 平群の山の 熊白檮が葉を 髻華(うず)に挿せ その子」
「はしけやし 我家の方よ 雲居起ち来も」
この時に御病いたく急(にわ)かなり。と、古事記には書かれている。この三首の国偲の歌を詠まれ危篤となられた。
そのあと、倭に坐ます后等と御子等もろもろ下り到りて 御陵を作り其地のなづき田に匍匐(はらば)ひ廻りて哭く。
是に八尋白智鳥に化り 天に翔りて浜に向かひ飛び行でます。
故其の国より飛び翔り行でまし 河内国の志幾に留まりたまふ。故其地に御陵を作り鎮まり坐さしむ。其の御陵に号けて白鳥御陵と謂ふ。・・・・
とある。
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日本武尊が羽を曳くがごとく飛び去ったという伝説が地名の由来だといわれる羽曳野の介護施設に 元弟子が入所され面会に行った。

            ここには白鳥陵があった。
d0330311_10451821.jpg地名まで白鳥1丁目、2丁目、3丁目とあり 白鳥小学校もあった。

この羽曳野から再び白鳥は飛び去ったようだが この講座で白鳥の話であることに何故か親しみを感じてしまった。
古事記と日本書紀では この辺り違いがあるが とても興味深い。

この日の講座は発掘されて出土したものの話であるから「白鳥」の埴輪の話でもあったが高槻の今城塚古墳の説明もあった。

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当時起こった地震で古墳の一部が壊れたとの話が出た。
2011年9月 OB会から行ったこの古墳は墳丘の中へも入ることが出来、地震で壊れた所も見学した。

とても興味深く楽しかった4回の講座も今回で一応終り 陽が傾きかけた元興寺をあとにした。
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by souu-3 | 2014-01-07 06:00 | 奈良
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