玉響記=たまゆらのき=

souu3.exblog.jp ブログトップ

作品    そしてオリンピック

さくひんd0330311_134553.jpg
今日の朝刊の 1面に宮崎駿監督の引退会見が載っていた。
27面にも 殆ど紙面いっぱいに 今までの作品のカラー写真と共に。
これらの映画は「風立ちぬ」以外観ていないけれど題名くらいは知っている。

それだけ大きく取り上げられる 話題になる事なのだろう。

「引退の辞」に書かれている中で 私が目に留まったのは「作品と作品の間がずんずん開いていくのをどうすることも出来ませんでした。要するにノロマになっていくばかりでした。」という件だ。

それと同じに出来ないのは当然である。これだけの人々を感動させることが出来る大きな大きなお仕事をされた方と比較する心算はない。 本当にチッポケな私が恐縮ではあるが 作品作りという「無」から作り上げることには変わりがない その気持ちが・・その言葉が ずっしりと感じられる。

年に13,4回の展覧会に出品し 新しいものを書くのが大好きだった。次々書きたいものが浮かんできた。
あの当時の頭は 何処へ行ってしまったのだろう。
ここ、2,3年 何を書くか浮かんでこない。それでいて「次はどんな作品ですか?」と言われれば誰でもが書くようなものでない新しい事を書きたい。そんな思いはある。

勿論、漢詩や和歌など規定の紙面に埋めるだけなら まだまだ書けるかも知れない。
常に 他人が書かないような 展覧会場で足を止めてもらえるものを書き続けるのは大げさに聞こえるかもしれないが こんな私でも努力している積りである。
だから、監督が言われるように「ノロマになっていく」のが怖い。だったら私も止めればとは思ってはいないが。

d0330311_14121840.jpg

例年、大阪道頓堀の画廊で催しているグループ展であるが 今回は刻字で「盥漱・かんそう」
この詞は 前のブログに大神神社の手水舎にあることは書いたが礼記の内則(だいそく)の中にある言葉だ。 家庭内秩序を書かれたもので 、周から漢にかけて儒学者がまとめた礼に関する書物で、この部分は家庭内の礼儀が書かれている。
「事父母,雞初鳴,咸盥漱,櫛縰笄總,拂髦冠緌纓,端韠紳,搢笏。左右佩用,左佩紛帨、刀、礪、小觿、金燧,右佩玦、捍、管、遰、大觿、木燧,偪,屨著綦。(内則2)
子が父母に事(つか)えるにはこのようにせよ。ということのようだが 21世紀の今、とても通用しそうにない。

雞が初めて鳴く早朝には,皆起きて顔を洗い口をすすぎ髪をくしけずり結わえ笄(こうがい)や總で整え,前髪をぬぐい冠を着けて紐を結び玄端の服を着て膝掛けを当て大帯を締め笏をはさみその左右に諸品を結わえる。すなわち、左の腰には布巾・手ぬぐい・小刀・砥石・錐・火打石、右にはゆがけ・ゆごて・刀筆・大きな錐・火打ち木を帯びる。そしてむかばきを当て履をはき紐で結ぶ
要するに 早起きをして きちっとした身なりで両親に挨拶せよ、ということだ。
また、
森鷗外の即興詩人には「・・・侍奉紳士は婦の早起 盥漱(かんそう)する時より、深更寢に就く時に至るまで、其身邊に在りて奉侍す。・・・」という部分がある。

この2文字だけなので、手を洗い、口をすすぐこと。身を清めることをいう。

この作品と もう1点は目下考え中であるが 意外に時間がない。
頑張らなければ!






2020年東京オリンピック開催決定!

世界中の人たちが原発のことを あんなに心配している。
無理なのかもしれないと私だけかもしれないが そう思っていただけに「開催決定!」には驚いたというのが正直な気持ちだ。ここまで頑張った人たちがあることはよ~~~く判る。

一生涯に、2度もこんな喜びを味わえるとは思わなかった。
あの時は 新幹線が開通したり 随分世の中が変わった。 あのモノクロテレビの小さい画面で世界中には あんな国もあるのかと初めて知った事も多かった。
今度も生きていたとしても TVで観戦するだけだろうけれど きっと初めて日本で開催されるのを見る若い人たちにも 多くのことが学べることだろう。
五輪は2020年7月24日~8月9日まで、パラリンピックは8月25日~9月6日まで。
   2013/9/8 5:20 追記
[PR]
by souu-3 | 2013-09-07 14:13 | 書道
line

一瞬のきらめきを求めて


by souu-3
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31